台湾において「軽井沢」を商標登録として出願したら通るか?知財局が許してくれないなら裁判所に訴えるまでだ!

商標登録をすると、同じ又は類似商品・役務において排他的な使用が可能となるほか、第三者に使用許諾して使用料をもらい、無断でこちら側の登録商標を使用する事例を見つかったら、それを行った人に対する使用差し止めと損害賠償も請求できるため、グローバル企業のみならず、ゼロからスタートするブランドを大事に育てようとする中小企業でも商標登録制度を活用しています。

また、台湾においては、商標登録は原則として早い者勝ちなので、起業当初は商標登録の必要性をあまり感じないけど、売上が目まぐるしく伸びて、いざ登録しようと決めて手続きしてみたら、自社の人気をフリーライドしようとする不逞の輩に先手を取られ、結局今まで大事に使ってきた自社ロゴが他社の登録商標とされてしまい、むしろこちらが損害賠償を請求される側となってしまうケースも少なくありません。出願区分の範囲にもよりますが、1回の申請料+登録料は数千~数万NTD程度なので(10年過ぎたら更新料を払う必要)、これからの商機を見据えて、タイミングよく商標登録を行うことがすすめです。

もし商標登録をやろうと決めたら、次は、手続上具体的に何をどのようにしたらよいかを考えなければなりません。ただ、今週のマサレポは台湾における商標登録の基礎、もしくは「うちのワンちゃんでも分かる商標登録講座」的な内容を紹介するのではございません。リゾート地として大変有名な軽井沢は、果たして台湾で商標登録できるか、という面白い事例の紹介を通して、商標登録を出願する前に、そもそも知っておかなければならない重要な判断基準を皆さんに共有できたらと考えております。以下ご覧ください。

本件の基本設定

本件商標登録にまつわる行政訴訟はこうして起きました。

一人鍋しゃぶしゃぶ専門店を台湾中に展開するK社は、2016年に台湾の商標法(商標法施行細則第19条)に基づき、「飲食店、ホテル、しゃぶしゃぶ、ドリンクスタンド、バー...等」の商品及び役務区分で、台湾の経済部知的財産局(知財局)に対して、「軽井沢(実際は繁体字の「軽井澤」ですが、ここでは「軽井沢」で表示)」という名詞入りの自社商標をもって商標登録を出願しました。

K社から前述した出願を受けた知財局が審査を行った結果、対象となる商標は、K社が取り扱う商品又は提供するサービスの性質、品質又は原産地に関して、大衆に誤解を招く恐れが生じたりする可能性があると認定し、2018年に不許可の処分を下しました。(商標法第30条

知財局の処分にK社が不服申し立てを行いましたが、知財局が翌年の2019年に同じ理由をもって、同申し立てを認めない判断を下しました。

「軽井沢」を商標の一部として使用することぐらいで、大衆に、自社が提供する商品・サービスに関する変な誤解を与えることはないやろ、と考えるK社は裁判所に話を持ち込んで、以下の持論を展開しました。

しゃぶしゃぶは軽井沢の名物ではないため、台湾中部、南部の民衆にとっては、軽井沢は日本の地名というより、「しゃぶしゃぶ専門店」であるK社のことをまず連想します。「軽井沢」を商標にした理由は、日本の地名は別に関係なく、使用する食材や内装のスタイル、料金体系等が主な要因であり、商品の品質又は原産地に関して誤解を招いたりすることはあり得ません。

K社のHPに乗っている説明は、創業者が起業に至るまでの経緯のみ記載されており、しゃぶしゃぶに使用する食材や調理器具の原産地が軽井沢である、との文言は一切入っていません。消費者に原産地を誤認させる要素をK社には有していません。

K社は1993年創業以来、自社商標を台湾国内では知らない人がいないほどの著名商標に育てており、GoogleでK社のしゃぶしゃぶ店を検索したらその事実がわかります。そのため、台湾の消費者にとっては、「軽井沢」という固有名詞は、日本の地名を表すとともに、「しゃぶしゃぶ専門店」という二次的意味も帯びており、原産地の誤認には至らないと考えられます。

知財局は今まで、恵比寿、静岡、福島、築地、京都、千葉等日本の地名を含めた商標登録の出願を多く許可してきました。こういった許可事例のうち、K社の申請案と時間的に近いケースもあったにもかかわらず、K社だけ不許可の認定が下されました。知財局が行う登録商標に関する審査手続きで明らかに不平等な問題があって、憲法に定めた平等の原則に反しています。

上記K社からの主張を受けて、被告である知財局は以下のように反論しました。

日本政府観光局(JNTO)がまとめた統計データによっては、長野県に訪れる訪日外国人のなかで、台湾人は2011~2017年においてずっと首位をキープしており、そして台湾人の間では、2015年を除き(2位)、軽井沢は常に長野県の人気観光名所TOP1とされ、愛され続けてきました。どでかい字体で書かれた「軽井沢」を自社商標の識別標識として使うK社は、明らかに消費者の間における軽井沢に対する印象を利用し、自社が提供する商品・サービスは軽井沢と何らかの関係がある、との誤認をもたらそうとしています。商標法に定めた出願不可のケースに該当します。(商標法第30条

K社が提出したアンケート資料又はブログ記事、Googleの検索結果からは、「軽井沢」を含めた商標は台湾の民衆に日本の地名というより、K社のしゃぶしゃぶを想起させる傾向がある、との仮説を証明できるには至らないが、K社の商品やサービスは軽井沢から来たのでは、といった誤認を消費者に与えやすいと考えられます。なお、K社のHPやブログの記事に、K社のしゃぶしゃぶは300年の歴史を持つ日本No.1の鍋料理である、という風に紹介されており、それを見た消費者は、K社を軽井沢と関係づける可能性が非常に高く、消費意欲に実質的な影響が及ぶ形となりましょう。

商標出願の審査手続きはケースバイケース的なスタイルが取られ、Aのケースにあの見方が取られるなら、AAのケースもそれに則る、とのロジックは存在しません。従って、K社が主張した、その他日本の地名を使った商標出願のケースをもって、自社の事案もそれらと同じく許可されてしかるべきだ、との論点は成立しません。

裁判所はどちらの味方?

台湾の知的財産裁判所が取る見解はこうです。

知財裁判所の見解

  • 商標を構成する図形、文字その他識別用の標識が指定商品又は指定役務と不当に関係づけられ、それによって、消費者に商標所有者が提供する商品・サービスの性質、品質又は原産地に関する誤認を与え、商売の公平性が損なわれることを防止しようと、こういった可能性が認められる商標出願は許可できないとされている(商標法第30条)。誤認を与えるかどうかの判断は、商標全体の構成がもたらす印象を総合的に考慮し、客観的に見たら誤認が生じる可能性があるかをもって行う形となり、誤認が実際にあったかどうかは特に重要視されない。K社の商標に、センターに置かれ、強調気味で大きく書かれた「軽井沢」は、客観的に考えたら、台湾の消費者に知れ渡っている日本の地名としてのイメージを利用し、自社の商品・サービスと関係づけようとする意図があって、消費者はそれによって間違った認識を持ってしまう恐れがある。
  • 軽井沢の名物はしゃぶしゃぶではなく、HPにも食材の原産地が軽井沢であるとの説明がなされていない、とK社が主張したが、商標法の定めでは、商品に対する原産地の誤認は、「現地の名物に限られる」的な文言は一切入っていないため、たとえ軽井沢におけるしゃぶしゃぶの位置づけはいわゆる「名物」ではないといっても、識別の標識として利用されている軽井沢を見た消費者はどうしても、K社の商品・サービスがメイドイン軽井沢だ、との印象をもってしまう。
  • K社のHPに、「日本No.1の鍋料理店」、「井上氏が長野県軽井沢町に軽井沢しゃぶしゃぶで起業」との記載があって、ニュース報道にも、「K社の創業者が日本で修行し、スープのレシピを台湾に持ち込んだ」、「K社のスープに日本直輸入の秘密レシピが導入されている」などの記述があった。こういった記述は、K社の商品・サービスは軽井沢から来たものであると、台湾の消費者に印象付ける効果が認められる。なお、K社が証拠品として提出したアンケート調査は、正式な意識調査ではなく、店に訪れる顧客が対象とされていた満足度調査であった。調査対象は店で食事するお客さんに限定されたから、軽井沢=しゃぶしゃぶ店、と認識することが当たり前で、台湾中部・南部の消費者にとって、軽井沢は日本の地名より、まずしゃぶしゃぶ店を想起する、との立証にはならない。
  • 日本の地名を自社商標に含めたその他出願のケースはみな通ったのに、なぜK社だけが仲間外れなのか?という主張に関して、商標出願の審査は、個別事案の特殊性に基づき、それぞれ異なる審査判断がなされるわけであり、かつK社があげた地名関連の案件は、いずれも「軽井沢」とは別の地名が使用されていたため、不公平問題が発生したとは認めがたい。
    (知的財産裁判所行政108年度行商訴字第51号判決)

次は最高裁の判断です。

最高裁の見解

  • K社は自社商標の真ん中に大きな「軽井沢」を据え、HPにも自社のしゃぶしゃぶが日本との関係性についての説明をたくさん書いており、商品やサービスは軽井沢から来たものである、と強くアピールしようとする意図がくみ取れる。そして、来店した顧客が書いたアンケートからも、K社は軽井沢由来の食材又はサービスを提供することを信じたりする傾向が見られるから、K社が出願した商標は、大衆に原産地の誤認をもたらす可能性があると考えられる。
  • K社は2012年中に、今回の構成と少し異なる、「軽井沢」を含めた商標を出願し、登録許可が出た事実があったが、当時の出願に選択されたのは事務用紙やトイレットペーパーなどの区分で、今回の区分とは全く違っている。異なる商品区分の出願に対して、同じパターンの消費者動向をもって審査するわけがないので、2012年の実績を引き合いに出して、今回の商標登録出願も問題なく通れる、というK社の主張はやはり合理性が欠けている。
    (最高行政裁判所108年度上字第1039号判決)

今週の学び

手塩をかけて、自社ブランドを丁寧に育てていきたいが、少し知名度が出てきたら競合他社においしいところを全部持っていかれる災難だけはどうしても避けておきたいと考え、商標登録の出願を行う会社は少なくないようです。

最低資本金規制が撤廃され、取締役会を置かなくてもよい、賃料が手ごろなバーチャルオフィスを借りて低コストでネットビジネスとかをすぐ始められるなど、起業するハードルが以前よりだいぶ下がっているため、零細企業や中小企業の社数は増える傾向です。会社数が増えつつある現状において、自社の独自性を強調し、ブランドを守る戦略を早期に実施しようという雰囲気も、商標登録の出願に拍車をかけていると考えられます。

ただし、商標をなるべく早く、多く登録すればするほどよい、というわけではなく、登録料にかかる経費負担はもちろん、出願は果たして問題なく許可されるかどうかも予めきちんと評価必要です。

K社の事案だと、他人の著名商標との類似性が認められた、というオーソドックスな問題点で引っかかったわけではなく、自社の商標が消費者に誤認を与える恐れがある、という比較的見解が分けれる点で、出願が拒否されました。

そして、判決書に何回か言及されていたK社のHPが少々気になって、ネットで検索してみたら、Facebookの企業ページや求人サイトしか見当たらなくて、しかも内容的にも、日本の軽井沢で創業者が修行したり、そこからレシピを台湾に持ち帰ったりする等、日本に関する説明が皆無です。こういった日本に関係のある説明内容は何時K社の関係サイトから消えたのか、「軽井沢」を登録商標にできなくなった件とは何か関係性が存在するのではと、考えずにはいられませんでした。

マサレポ、今週の学び

  • 自社商標を識別する標識で、消費者に自社商品・サービスの性質、品質又は原産地に対する誤認を与える恐れが認められたとき、同商標は登録できない可能性があります。
  • 前述「誤認を与える」を認定する条件は、誤認が実際発生したかどうかは重要ではなく、「可能性」さえ存在すれば成立するとされます。
  • 商標登録の出願が前述によって不許可されたとはいえ、指定商品・指定役務の区分を変えて再出願したら、許可を取れる可能性があります。つまり、商標登録の審査はケースバイケース的に進められる形となります。
  • 商標登録の出願は、それほど難しい手続きが要求されるわけではなく、ネットのレクチャー記事を参考に、順序よく行っていけば完成できるかもしれませんが、K社のように、審査の段階になって初めて登録不可の要件に該当する事実を知っていたら、費やした時間と登録料が無駄となってしまいます。ですから、商標登録を出願する前に、専門家と丁寧に相談し、しっかり理論武装してから手続きに臨むことが望ましいかと思います。

ATTENTION!

※本マサレポは2022年11月18日までの法律や司法見解をもとに作成したものであり、ご覧いただくタイミングによって、細かい規定に若干法改正がなされる可能性がございますので、予めご了承くださいませ。気になる点がおありでしたら、直接マサヒロへお問合せいただきますようお勧めいたします。

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