裁判を起こすまで手に入れたいほどの価値がある!?知らなければ損する離職票に関する要チェック事項
台北地方裁判所は2021年8月に、離職票(中国語:非自願性離職証明書)の交付請求に関する労働裁判について、原告(被告会社の元社員)の訴えが理由のないものとして棄却する、との判決を下しました。(109年度労訴字第301号民事判決)
たかが離職票のために、わざわざ弁護士を依頼して提訴する、というのは大げさすぎないか?
と思われるかもしれません。
しかも、上記の裁判は、当該元社員が行った初回の試みではなく、2019年に2回、2020年にも1回離職票の交付請求についての訴訟が行われ、2021年の判決は4回目のチャレンジというわけです。
当該元社員が安くもない弁護士費用を何回も払って、諸々手間暇かけてまで、離職票を手に入れようとしています。離職票は果たしてそれに見合うだけの値打ちがあるものでしょうか。
2021年の判決書を読み込むと、被告会社は当該元社員に離職票を交付していないわけではなく、当該元社員はそれに記載された内容に不満を感じて訴訟を起こしたことが分かりました。
被告会社が交付した離職票に何か問題でもあったりするのか、元社員が離職票に求めようとするものは一体なんなのか?
以下紹介させていただく離職票に関する要チェック事項をご覧になっていただいてから、本件裁判で争われている点が徐々に浮き彫りになってくると思います。
離職票の使途
離職票の使途について、一言で言えば、政府から失業給付をもらうための書類です。
以下3つの要件を満たす労働者は、離職票を含めた所定書類を保険局に提出すれば、原則として失業給付を受領することができます。
失業給付の受領条件
- 保険の資格喪失届が提出される日の前3年以内での就業保険加入期間が累計1年以上であること
- 就労能力を有し、かつ継続的に就労する意思を有すること
- 会社都合による離職であること
会社都合による離職の主なケースは、例えば、
- 会社に事業停止もしくは事業譲渡が行われた場合
- 会社に欠損もしくは事業縮小の状況があった場合
- 不可抗力によって会社が一時操業停止に陥って、その期間が1ヵ月以上であった場合
- 会社の事業形態に変更が生じ労働需要が減少したにもかかわらず、その他適切な職務がなかった場合
- 従業員が与えられた職務を確実に遂行できなかった場合
(労基法第11条)
または、
- 事業主が従業員と契約時に不誠実な行いがあった場合
- 事業主等が従業員に暴行を加え若しくは重大な侮辱行為を行った場合
- 契約した職務は従業員の健康を害する心配があったにもかかわらず、事業主に改善をお願いしたが対応が不十分であった場合
- 事業主等が従業員に伝染する恐れがある法定伝染病を発症し、かつ従業員の健康に重大な被害を及ぼした場合
- 事業主が労働契約に基づき賃金を支払わない、もしくは出来高制の従業員に割り振る仕事が明らかに不十分であった場合
- 事業主が労働契約又は労働法に違反し、それによって従業員の権利が損なわれた場合
(労基法第14条)
その他にも、労基法第13条の但し書き(不可抗力)や同法第20条(M&Aによる退職)、及び一定要件を満たした、有期雇用契約の期間満了による退職も、失業給付を受領可能な事例となります。
退職者が受領可能な失業給付について、原則として退職前6ヶ月間の平均賃金額(もっと正しく言えば、適用される標準報酬月額)の60%相当額が月次ベースでもえら、最長6か月間受領可能とされています。ただし、従業員が退職時の年齢が45歳以上又は障害者手帳を持っていたり、扶養親族を有していたりすれば、月次の給付額が最大20%増、最長9カ月間を受領可能とされています。
労工保険標準報酬月額表のうち、金額的に一番高い区分である45,800新台湾ドルを例に考えたら、最大33万新台湾ドル弱が失業給付としてもらえる計算なので、受給対象となり得る退職者が、是が非でも離職票を入手したい気持ちも分かってきます。
離職票の発行義務
会社都合で解雇された従業員から請求があった場合には、会社は離職票を作成し交付しなければならない、との法定義務が定められています。(就業保険法第25条)
ただし、離職票の交付は法定義務とは言え、会社がそれに違反しても罰則を受けることはありません。では、会社から離職票をもらえない退職者は、失業給付を受領できないのではと言えば、そうではありません。会社の代わりに、地方自治体に離職票の発行申請を申し込むか、公的就労支援機関の同意を得られれば、理由書を提出することで、失業給付を引き続き受領可能とされています。(同法第25条第3項)
一方、会社が離職票を交付しなくてもどうせ一切罰則を受けない、と高をくくって、退職者からの交付請求を片っ端から拒否したりすれば、潜在的リスクが伴うかもしれません。
実務的には、退職者が離職票無しの状態で当局に失業給付を申請すれば、離職の原因を調査すべく当局から会社へ連絡が行く可能性が高いです。調査の結果、退職者は会社都合によって解雇されたと分かった場合には、当局は、会社が退職基準日10日前もって解雇の届け出を行ったかを確認し(就業サービス法第33条)、届出がなされなかったと認められたら、行政処分として3~15万新台湾ドルの過料を処せられてしまいます。(就業サービス法第68条)。罰則が用意されていない離職票の交付義務に気を取られ過ぎて、解雇届出の義務を失念したりしないよう気を付けましょう。
一点要留意なのは、いわゆる「会社都合による離職」は、前の段落に言及のあった、台湾労基法の第11条、第13条の但し書き、第14条又は第20条等に定めた事由のいずれかに該当し、若しくは一定の要件を満たした有期雇用の退職者のみ指しており(就業保険法第11条)、従業員の自己都合退職又は懲戒解雇(労基法第12条)は「会社都合による離職」に当てはまらないので、離職票の交付対象外とされています。
離職票の要記載事項
離職票をもってすれば、原則として失業給付を申請できますので、それに記載された情報は会社又は従業員個人の意志で適当に決定できるものではなく、少なくとも以下の事項を記載しなければならないと法律に定められています。(就業保険法第25条第4項)
離職票の記載必須事項
- 発行申請者の氏名
- 発行元の会社名
- 離職事由
離職票の記載内容についてあまり方向性が分からない場合には、以下保険局が提供するテンプレはご参考いただけます。
離職票と混同されやすい「退職証明書」
同じく退職時に会社からもらえる証明用文書として、離職票とよく間違われる「退職証明書」があります。
退職証明書は、次の就職先に提出する目的として、退職者から交付申請を求められる場合が多いです。それに退職事由を記載すれば、理論上失業給付の申請にも使用できますが、退職事由を次の就職先に伏せたほうが無難であろう、との考え方が働いている関係か、退職者が退職証明書と離職票を分ける形で、会社に交付請求を行う傾向が見られています。
離職票との大きな違いはと言えば、退職は会社都合又は自己都合によるかを問わず、退職者から退職証明書の交付申請を受けた場合、それを拒否したりすれば、会社は2~30万新台湾ドルの過料に処せられるほか、会社の事業規模や違法の程度によって過料額が引き上げられる可能性もある点です。(労基法第19条、第79条)そして、従業員名簿の保存義務は、従業員が退職してからの5年間と定められるため、退職者はその間においては何時でも退職証明書の交付申請を会社に対して行うことができるとされています。
また、退職証明書での要記載事項について、法律的にはそれに関する言及は未見だが、退職者が担当する職務、職務の性質、勤続年数、及び賃金情報等を主に記載すべきである、と規定する解釈通達があります。(83台労資二字第25578号通達)
ちなみに、退職証明書での記載事項に何かを書くか法律的には明確な定めがないものの、たとえそれが事実であったとしても、例えば、明らかに能力不足であったり、責任感が足りなかったりするなど、退職者にとって不利となる記述を記載しては、労働者がこれから行う就職活動に何らかの不利益をもたらしてしまう可能性があるため、原則として禁止する、との司法見解があります。(台湾台北地方裁判所100年度労訴字第125号民事判決)従って、退職証明書を作成する際に、グッド評価ならまだしも、マイナス評価をなるべく控えにして、ナチュラルな表現を使用するようお勧めします。
離職票の作成に関する労使トラブル
離職票が有ったら、政府から最高33万新台湾ドル弱の失業給付をもらえるため、労使間はそれを交渉材料として雇用関係に終止符を打とうとする事例は多々あります。
通常の場合、会社が離職票を交付し、退職者が失業給付を申請する、それで一件落着です。にもかかわらず、離職票の交付にまつわる労使間のトラブルはあちこちで起きています。離職票の作成に会社側では一切経費がかからないし(せいぜい紙1枚の印刷代ぐらいか)、政府が失業給付をケチったりする可能性もほぼないから、トラブルにつながる要因は果たしてなんでしょうか?
冒頭で言及した、離職票の交付に関する裁判例をチェックしてみると、会社と退職者の間でトラブっているのは、離職票交付の有無ではなく、離職票に記載した「離職事由」であることが分かりました。
「離職事由」ぐらいだから、会社は退職者の希望に合わせて記載してあげればいいじゃないか?
と思われがちかもしれません。ただ話しはそう単純ではなく、安易に退職者の希望に合わせ、事実と異なる退職事由を記載してしまうと、事後になって、当該離職票を不当解雇の証拠書類として退職者から労使調停を申し込まれたり、裁判上に提訴されたりしたら、それこそ災難です。
会社都合による事由であれば、どんな「離職事由」を記載したって、失業給付がもらえることに変わりはないから、退職者は別に拘る必要がなく、その辺会社に任せておけばよいのでは?
とは言いつつも、「従業員が与えられた職務を確実に遂行できない」という風に、一従業員として能力が足りないと解釈される事由を離職票に記載されたら、もらえる失業給付の額とは関係なく、プライド的に納得がいかず、しかもそれがうっかり次の就職先に見られたら、これからのキャリアには望ましくない、と考える労働者も少なくないでしょう。
会社と退職者では、それぞれ気になるリスク事項が存在するなかで、どのような形で互いの妥協点を見つけるかは円満退職につながる鍵となりましょう。
冒頭の裁判例では、解雇手当や未払い残業代、未消化有給の買い上げ金等、常識的には一番争われやすい賃金のお支払いに関しては、調停の場で一応決着がついたのだが、よもや最終段階に来て、退職者は会社が離職票に記載する離職事由に不満をもって、裁判を起こすまで、会社に離職票の作り直し請求を行いたい、といういかにも考えが及ばない事態が起きました。
本件裁判で取り上げられた証言や裁判官の判断からは、調停の段階において、もし離職票に記載する離職事由についての討論がなされ、かつ合意が達されたら、2021年に入ってなお裁判で争われる局面を事前に回避できたのであろう、との結論に辿り着きます。若しくは、調停に入る以前に、弁護士に頼んで法的有効性を有する離職協議書の作成を早期に依頼し、退職者まだ在籍していた最後の数週間ないし数日間で、労使双方が当該協議書の内容について合意に至れば、互い気持ちよく雇用関係を解消できる可能性も大いに考えられましょう。
円満離職につながる有効な手段として、弁護士による協議書の作成・調停現場の立ち合い等のご利用がお勧めです。