請負契約なのに、何故退職金を払わなければならないのか!台湾オンライン書店大手が巻き起こした労務トラブルについて

台湾においては、ネットで本を買うなら、というほどの知名度を有するオンライン書店のB社は、さる2022年のクリスマス前後、20年超の間で社内の清掃業務をこなし続けていた「フリーランス」の婦人と解約し、これからは清掃会社に頼むから、あなたへの業務委託は今日で最後だよ、と言い渡した件がボランティア弁護士によってネットで開示されました。その後、各メディアで大きく報じられていたこともあり、B社はすかさず弁護士を依頼し、同婦人に百万NTD超を支払って、短期間で和解に持ち込んだことで、事件が一段落しました。

この台湾社会に大きな注目を集めた労務事件をぱっと見たら、直感的に以下のような質問が湧いてくるかもしれません。

フリーランスの方とのオフィス清掃業務委託を解約しただけなのに、何故社会事件になったのか?

当事者双方とも弁護士を依頼したのに、何故互い法廷で主張をぶつけ合わずに、B社が一方的に謝る感じで、和解金を支払う必要があるのか?

「フリーランス」の婦人ではそれほど損害を受けたわけでもないように見えるのに、いきなり百万NTD超の和解金は何故?

上記質問への回答として、台湾の労働法を踏まえ、本労務事件を解読するための基礎知識を以下紹介させていただきたいと思います。2023年も是非引き続きマサヒロと学び通していきましょう!

契約関係のBig4

会社が個人(又はその他会社)に頼んで、何かしらの業務をやってもらうには、次の4つの中からどれか一つを利用し、頼もうとする個人(又はその他会社)と契約することが一般的です。

契約関係のBig4

  • 雇用契約
  • 請負契約
  • 委任契約
  • 派遣契約

最初の雇用契約は一番分かりやすく、存在感No.1の契約関係と言っても過言ではありません。会社の指揮命令下に置かれた個人は、指定された場所と時間に出退勤したり、指定された業務をこなしたりするという、いわゆる使用者と労働者の関係です。そのため、契約に定めた当事者双方の権利と義務は、原則として労働法に則って行われる必要があります。

2番の請負契約は、フードデリバリーの配達員による交通事故が多発していた2019年から徐々に存在感を増しています。会社と請負人の間では使用従属性の関係がなく、請負人が決まったデッドラインまでに会社から依頼を受けた業務を完成できたら、決まった報酬を会社から支払われるという、要は成果のあるなしを重視する関係です。

3番の委任契約は、例えば会社が弁護士にコンプライアンス顧問サービスを依頼したり、公認会計士に会計監査業務を依頼したりする場合は利用されます。こういった外注関係とは別に、会社と一部のトップマネジメント層の間でも委任契約が活用されています。会社から委任を受けたマネジャークラスの個人は、比較的大きな裁量権と決定権を有しており、通常社員のように定時に出退勤することを要求されない代わりに、労働法に定めた労働者ならではの権利を享受できません。留意が必要なのは、トップマネジメント層と認知されやすい総経理や副総経理、部長、次長等の管理職は、会社とは必ずしも委任関係を有するとは限らず、役職だけでは判断しにくい契約関係となっています。

最後の派遣契約だと、以上のどの契約関係とも異なる特徴として、契約は派遣先会社、派遣元会社、派遣社員という三者関係で成り立っている点です。派遣元会社から指示を受けた派遣社員が、派遣先会社の指揮命令のもとで働くわけですが、派遣社員との雇用関係は原則として派遣元会社にあり、同社員への給与支払いや社会保険の加入脱退も派遣元会社が責任をもって対応しなければなりません。実務的には、派遣先会社が先にインタビューを行い、採用しようと決めた個人を派遣元会社に雇用してもらって、派遣社員の形で同個人自社で働かせるという、いわゆる「偽装派遣」の手段は、少なからず見かけますが、2019年改正労基法の施行により、そのようなやり方は違法だと認定されるようになりました

話が戻りますが、オンライン書店のB社と清掃業務を担当するご年配の女性スタッフとはどういった契約関係があるかといえば、同女性スタッフが依頼したボランティア弁護士が開示した契約書の内容によると、双方は1年有効の請負契約を20年間繰り返し更新し続けてきたから、形的には請負関係であるかと考えられます。しかし、まさにこのB社から一方的に押し付けられてきた「請負関係」によって、社会事件につながるほどの大騒ぎが起きたわけなのです。その理由を以下考察してみましょう。

形にとらわれず、労働者性で判断!

業務を依頼する側と依頼される側は、原則として「契約自由の原則」に基づきどういった契約関係を採択するかを決定できます。ただし、法律的には契約の名称はそれほど重要ではなく、中身によって、当事者間に存在する契約関係を判断し、それぞれ要遵守な法的義務を定められていきます。

一部の会社は、社会保険料と退職金を節約したり、残業代の支出をできる限りカットしたりしようとする目的で、新入社員を雇用するのではなく、個人と請負契約を結ぶ形で、社内業務に当たらせる手段が取られています。「社内業務」のアウトソーシングで、社外の個人と請負契約を締結する自体は別に違法ではないし、依頼する側と依頼される側両方ともメリットのあるビジネス行為なので、普通に活用されている方法です。しかし、請負契約で会社から業務の依頼を受けたにもかかわらず、その他一般社員と同く社内規程を守らなければならない、例えばタイムカードの打刻義務や兼業禁止といった制限が会社からかけられるケースは、労働法の遵守を逃れるための「偽装請負」に該当するのではと疑われ、違法リスクが生じてまいります。「偽装請負」の嫌疑にかけられたB社は知名度が高いだけに、世間から批判の声も集まりやすいのではと思われます。

法的に大丈夫な請負契約なのか、それとも労基法の遵守が嫌なための「偽装請負」だろうか、実務的に判断しにくい場合が多く、トラブルになったりする事例が少なくありません。その状況を何とか改善しようと、台湾の労働部は司法院釈字第740号解釈その他裁判例をもとに、労働契約の認定についての指導方針及び労働契約における労働者性判断用のチェックリストをリリースし、〇〇契約が実際雇用関係に該当するかは、以下4つの側面から検証必要である、との見解を示しました。

労働者性を判断する4つの側面

  • 人的従属性の有無
    • 業務遂行への日時、場所、態様等への拘束性の有無
    • 業務遂行上の指揮監督の有無
    • 事業の発注に対する諾否の自由
    • 人事考課を受ける義務の有無
    • 社内規程を遵守する義務の有無
    • 他人労働力利用の有無
  • 経済的従属性の有無
    • 報酬の労務対価性の有無
    • 事業者性の有無
    • 機材負担義務の有無
    • 労働報酬の交渉可能性の有無
    • 専属性の有無
  • 組織的従属性の有無
    • 組織の組込みの程度
  • その他
    • 会社名義での社会保険の加入と退職金積立の有無
    • 対象者への報酬支払を給与として源泉徴収手続きを実施するか
    • 社内で同じ業務を行う人とは雇用契約を結んだりしているか

労働部が出した労働者性を判断するためのチェックリストにトータル25項目あって、1/3又は半分以上の項目がYESであれば雇用関係に該当する、的なはっきりとした基準は設けられていませんが、YESな項目が多ければ多いほど、労働者性が高くなる仕組みなので、チェックリストが登場するまでの間と比べたら、比較的明確な判断材料が公式的に作成されたことは、大きな進歩と言えましょう。

雇用か非雇用?

いくつかの裁判例を以下取り上げながら、会社と契約先の個人とは雇用関係にあるかをチェックしてみましょう。

次の条件で会社と請負契約を取り交わしたフリージャーナリスト

  • 取材地から別の場所に移動する前に要報告
  • 会社は随時取材命令を出せて、決まった時間で成果物の提出を要求可能
  • 案件量で計算される報酬が出るほか、毎月固定額の手当も出る
  • 会社名義で労働者保険に加入している

報酬の計算は案件量に基づく点以外は、通常の従業員に見られる特徴ばかりなので、裁判所から「雇用関係」と認定されました。

最高裁92年度台上字第2361号民事判決

次の条件でマネジャーに昇格され、会社と委任関係を有すると言われた管理職

  • 会社は必要に応じて出向命令を出せる
  • クライアントに提示する見積額は会社が決定する
  • 外部の案件を取れるか会社のトップから了承を得る必要で、案件の実施もその他社員の協力を仰がなければならない

会社の命令を受け(人的従属性)、見積額は会社が決定(経済的従属性)、その他社員との協力(組織的従属性)などの労働者性が認められたとして、「雇用関係」決定との結果でした。

最高裁101年度台簡上字第1号民事判決

次の条件で会社と請負契約を取り交わし業務を手伝うフリーランス

  • 指定された時間と場所に出退社必要で、兼業禁止
  • 社内規程を守らなければ即解約
  • 会社から了承を得ない限り、代理人を依頼不可
  • 完成した件数で報酬が決まるが、会社から月次最低件数の指定あり
  • 製造課に配属され、担当業務は上司の指示で決まる
  • 会社名義で労働者保険を加入し、会社から支払われる報酬が給与として源泉徴収される

代理人の依頼は会社から許可を取らなければならず、兼業禁止その他諸々の特徴は通常の社員と何ら変わらないので、「雇用関係」決定と裁判所から言い渡されました。

最高裁89年度台上字第1301号民事判決

次の条件で会社から依頼を受けて工事を実施する請負人

  • タイムカード打刻義務なし、毎日出社義務なし、自分で作業の進捗管理を行う
  • 会社から了承を得ずして、その他代理人で作業を当たらせる権限を有する
  • 会社から月次ベースで報酬の支払いを受けているが、作業進捗によって金額が変わる
  • 他社からの仕事を請負可能
  • 請負人は会社内では所属無し

請負人に会社との従属性が認められないため、「雇用関係」に該当しないと判断されました。

最高裁99年度台上字第1605号民事判決

次の条件で会社と請負契約を取り交わしたトラック運転手

  • 毎日出社必要でタイムカード打刻義務あり、会社から指定されたシフトは要遵守
  • 社内規程の遵守義務あり
  • 理由なく休暇できず、休めてもその他代理可能な運転手を自ら依頼必要
  • トラックは会社が所有
  • 罰金制度あり
  • 労働者保険や退職金の積み立て無し

以上の条件からしては、同トラック運転手はどう見ても自営業ではなく、社内専属の運転手にしかならないため、「雇用関係」ありとの判断でした。

最高裁108年台上字第700号民事判決

次の条件で会社と委任契約を取り交わした番組司会者

  • 役者の出演時間に合わせ出社必要のほか、社内研修の参加義務あり
  • 月次の勤務時間多くとも30時間、タイムカード打刻の義務なし
  • 理由なく欠勤したら、人事考課にマイナス影響
  • 月次報酬に最低保証あり
  • 社内設備使用必須だが、支配権なし
  • 契約書は会社が用意し、契約条件交渉不可
  • 会社業務を第三者に再依頼不可

2番を除いた点は全て労働者性を有すると裁判所に認定され、「雇用関係」に該当します。

最高裁96年度台上字第2630号民事判決

次は、B社と請負契約を取り交わし、清掃業務の依頼を受けたご年配の女性スタッフの契約条件を見て、上記と同じ要領で雇用関係の有無を確認してみましょう。

清掃業務の依頼を受けたご年配の女性スタッフ

  • B社の就業時間に則り出退勤し、B社のオフィスの清掃業務を行う
  • 自ら清掃業務を行えない日に、自分で代理人をして同業務を行わせる必要があって、欠勤した場合当月分の報酬から欠勤分が差し引かれる
  • 清掃作業に必要な器具・備品はB社が提供する
  • B社指揮監督のもとで業務を行う
  • B社は同女性スタッフの社会保険料を負担しない
  • 清掃業務を第三者に依頼する前に、B社の了承を得なければならない
  • 清掃業務の報酬としてB社から毎月29,500NTDの支払いを受けている。

本件清掃業務を担当する同女性スタッフは、B社の組織図に組み込まれているかは契約書からは分かりませんが、指定された場所への定時出退勤やB社の指揮監督、他人労働力の利用には事前許可、といった特徴からは「人的従属性」の匂いがプンプンするほか、労務対価性の強い報酬体系(一生懸命清掃してもやはり29,500NTD/月しかもらえない)、機材負担義務が会社にあって、事業者性も感じられないなど、「経済的従属性」を物語る設定があちこち散りばめられているから、99.9%黒なのではと考えられましょう。

もし事実上、女性スタッフとは雇用関係にあるのであれば、B社は20数年間負担して当たり前の社会保険料、積み立てして当たり前の退職金を一度に同女性スタッフに返さなければならなくなります。百万NTD規模の和解金はまさにそれに該当する損害賠償金となりましょう。

今週の学び

従業員を雇うには、まず給料を支払う義務があって、会社名義で社会保険を加入させるうえ保険料を支払い、そして月次ベースで退職金の積み立てを行う必要があります。

経費をできるだけ節約しようと、保険料と退職金を負担する義務を無くすとともに、従業員への福利厚生や残業代の支払いなどの支出を完全にカットできる、より徹底した対応方法として、雇用契約ではなく、請負契約をはじめ、委任契約、派遣契約その他労基法の縛りから逃れる契約関係をとことん利用する傾向は、台湾の中小企業の間では根強いのようです。

B社はたまたま社会的知名度が高いので、清掃担当の女性スタッフとの1件が瞬く間に炎上してしまい、それ以上長引いたら暖簾に傷が付くと考えるB社は、訴訟沙汰になる前に、電撃的に同女性スタッフと和解したのではと思料しています。。もし同じ状況が無名な中小企業に起きたら、B社のように数日間で事態が収束する可能性が極めて低いかもしれません。裁判例を確認したら、数えきれない類似案件の存在がまさにその事実を物語っています。

マサレポ、今週の学び

  • 行政と裁判所は形だけの契約書ではなく、当事者間にどういった権利と義務が存在するかに基づき、会社と契約先の個人との契約関係を判断するから、わざと社員と請負契約又は委任契約を取り交わし労基法に定めた義務を逃れようとしても、徒労に終わる可能性大です。
  • 雇用関係に該当するか迷う場合、当局が作成した労働者性を判断するチェックリストの活用がお勧めです。やはり心もとない場合は、是非マサヒロにご相談ください。
  • 経費節約の目的で、雇用契約以外の契約書で“従業員”を採用することはお勧めしません。労使間のトラブルになりやすいほか、行政からのペナルティや対象者への損害賠償金は、今まで節約できた経費の数倍ないし数十倍となって襲い掛かってくるからです。

合わせてご参考いただけるマサレポ

ATTENTION!

※本マサレポは2023年1月7日までの法律や司法見解をもとに作成したものであり、ご覧いただくタイミングによって、細かい規定に若干法改正がなされる可能性がございますので、予めご了承くださいませ。気になる点がおありでしたら、直接マサヒロへお問合せいただきますようお勧めいたします。

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