台湾にて、内定取り消しはOK、それともNG?
自社サイト又は求人サイトに求人情報を掲載し、応募者にテストを実施したり、面接を行ったりして、後日オファーレターを送付し、応募者が必要書類を添え入社承諾書をサインバックして、入社日に雇用契約書を改めて取り交わす、という流れは社員を雇用するための標準ステップです。
直感的に考えたら、会社と労働者との雇用関係は、最終ステップに該当する雇用契約書の締結がなされた時点でスタートする形なので、それに至るまでの段階においては、雇用関係がまだ生じていないわけであり、会社は無条件で内定を取り消せるし、労働者も無条件で入社を辞退することができるのでは、と認識されたりするかもしれません。
上記の直感的認識は、台湾において果たして正しいものだろうかという、今までそれほど深刻に考えることなくやってきたけど、潜在的リスクのあるなしをはっきりさせたい思いをお持ちでしたら、是非今回のマサレポを参考にしてください。
雇用関係が成立する要件
会社は、労働者との雇用契約書に13項目にも及ぶ内容を盛り込む必要がある、という台湾労基法上の定めがある点からしては、労使双方の雇用関係の始まりは雇用契約書の締結時、との印象が与えられやすいですが、実際のところ、雇用関係の成立は、書面による契約書を取り交わすことが必要でなく、話し合いなどで双方が合意に達すれば充足されるという、いわゆる「諾成契約」の性質を有しています。
1年以上の不動産賃貸は、書面による契約を締結する必要があり(民法第422条)、結婚は、両当事者で市役所にて入籍の手続きをしなければなりません(民法第982条)。それらに対して、会社と労働者本人は、賃金額や出退勤時間、勤務地や業務内容などの労働条件について、互いの意思表示が合致すれば、明示か黙示かを問わず、雇用関係が成立します(民法第153条)。
冒頭の雇用に関する標準ステップに照らし合わせると、たとえ入社日における雇用契約書の締結に至っていないオファーレターの送付、もしくは面接の段階においても、「労使双方が合意に達した」場面が認められたら、原則として雇用関係が生じる形となります。
一方、賃金額の計算や支払い、休暇や有休の利用方法を含め、労働法に定めた労働者の権利と会社の義務は煩雑極まりないため、労使間のトラブルを回避する方策として、雇用契約書の締結が極力推奨されているのです。
内定取り消しはOK?
上記の内容で説明したとおり、雇用契約書をまだ締結していない前段階であったとしても、会社と労働者の間で雇用関係が生じる場合があったりすることが分かりました。そして、「内定」という言葉を文字通りに解釈すれば、まさに、労使間の雇用関係はできたが雇用契約書がまだ結ばれていない段階、を指しています。
内定の取り消しは、一旦成立した雇用関係を、雇用された側はまだ一切労務を提供していないタイミングに、会社がそれを一方的に白紙に戻す行為であり、法律上、当該一方的な行為が無効と認定され、対象労働者を正式的に雇用しなければならないだけでなく、それによって損害を受けた労働者も、会社に対して損害賠償請求を行うことが可能となります(民法第227条)。以下事例を見てみましょう。
NG事例その1
T氏がS商社の面接を受けて数日後、同社からの内定通知書が届き、T氏もOKの返事を返して、現職に辞表を提出しました。入社日がある程度調整可能だと内定通知書に書いてあったため、T氏はS商社に、入社日を1ヶ月後にしたい旨を伝えたら、1ヶ月の間に不確定要素が多すぎるので、内定を取り消すしかないとの返答が返ってきました。
現職をやめて、S商社からも内定取り消しを食らって、いきなり無職になってしまい、途方に暮れたT氏は、労働当局が提供する仲裁サービスを利用することにしました。
仲裁委員が審理した結果、T氏がS商社からの内定通知書にOKの返事を行った時点で、労使間の雇用関係は既に成立しており、T氏がS商社に申し出た入社日の後倒しも内定通知書に書いてあった労働者の権利によるものであり、S商社はそれのみを理由に雇用関係を一方的に解消することは違法であるため、T氏が被った賃金を受領できない損失をS商社が負担しなければならない、との仲裁判断を下しました。(新北市政府労工局)
NG例その2
K氏はLINEに、T社人事担当のL氏から内定通知書が届いたため、現職に辞意を表したが、数日後T社から何ら説明もなされていない不採用通知が送付されました。
K氏は2~3週間後別の就職先が見つかったが、その間に給料が全くもらえないことで訴訟を提起し、T社に損害賠償を求めました。
訴えられたT社は、内定通知書を送付したL氏は無許可でそれをK氏に送付したので、当該通知書は法律的に無効であると抗弁したが、面接から内定通知の連絡まで全てL氏が担当しており、かつ通知書にT社のレターヘッドがプリントされ、入社日など詳細の情報も細かく記載されていたことから、L氏にはT社から本件採用の権限が与えられたものだと判断でき、従って、K氏が提起した損害賠償請求を認める、との判決が下されました(士林地裁111年度労簡字第11号民事判決)。
NG事例その3
今回の当事者A氏は、面接を受けた会社から内定通知書がまだ届いていなかったのにもかかわらず、前職に辞表を提出しました。結局、2週間後に同社から不採用通知書を送付されてきたA氏は納得できず、裁判所に訴えました。
会社から内定通知書の提示がまだなので、雇用関係が成立していないだろう!
と考えられるかもしれませんが、審理の結果、会社側に敗訴が言い渡されました。判決の決め手となったのは、面接の中で、会社側の担当者とA氏とは、業務内容や賃金額について話し合われたのみならず、うちに入ってほしいと担当者が話していたり、A氏も面接の後に、入社希望を伝えるメールを送ったりしており、申し込みと承諾の意思表示がなされていたわけなので、雇用関係が既に成立したことが明らか、との点です(新北地裁109年労簡字第149号民事判決)。
内定承諾後に辞退されたら?
内定取り消しに関する問題点は以上のように説明しました。では、逆のパターンとして、会社が一方的に内定を取り消すのではなく、労働者が内定通知書にOK返事をしてから辞退したら、法律的にはどうなるのでしょうか。
既に雇用した社員を強制的に労働させてはならず、社員は原則として何時でも自分の意志で会社を辞めることができるのと一緒で、たとえ内定が決まった後においても、労働者から「やはり辞退させてください」と言われたら、会社はため息をつきながら、無条件にそれを同意するしかありません。ただし、もし会社が前述のような入社辞退の返答で、求人エージェントへのサービス料その他金銭的損失を受けたら、民事訴訟を提起し、同人に損害賠償請求を行うことは可能です。とはいえ、訴訟にかかる時間と労力、及びそれによって得られる見返りを秤にかけてなお法的手段を講じようとする会社は恐らく稀でしょう。
会社側の権利をできるだけ守るための戦略
内定承諾後においても、原則として無条件に入社を辞退可能な労働者とは違い、会社がもし内定取り消しを実施すると、当該取り消しが無効にされるだけでなく、労働者から損害賠償請求を求められる可能性も大きいのです。このような相対関係のなかで、人材募集のプロセスにおいて如何に会社側の権利をできるだけ守っていくかは、ちょっとした戦略を用意する必要があります。ポイントは、雇用関係の成立の後倒しです。
労働者との面接で、重要な労働条件について合意に達した程度の話し合いがなされたら、もしくは承諾不要で、一方的に採用決定を伝える内定通知書を労働者へ送付されたら、雇用関係の成立が認められる可能性が大きいのです。そうすると、不採用通知や内定の取り消しが実施しにくくなってきます。
上記の状況を回避するための方策として、例えば会社が面接時にできるだけ客観的な立場を取り、喉から手が出るほど欲しい人材に出会っても、安易にいかなる労働条件についても承諾しないことや、会社が労働者へ送付する内定通知書に、期限付きの承諾要請を明確に記載して、期限内に回答がなければ採用が不成立、的な条件を予め入れることが有効だと考えられます。
また、雇用関係の成立条件として、対象労働者が〇〇書類を〇日までに提出したり、〇〇手続きを入社前に行ったりする必要がある、という「前提条件」的な設定を、書面による通知をもって入社希望者とのやり取りに導入すれば、雇用関係成立の後倒しにもつながるので、会社にとって、必要に応じて活用できる材料となりましょう(民法第166条)。
今週の学び
少子高齢化の台湾においては、ただでさえ優秀な人材を募集するハードルは決して低くないので、会社は理由なく、適当に内定取り消しを実施したりすることはちょっと考えられません。にもかかわらず、何かしらの不可抗力が生じ、どうしても内定取り消しを行わなければならなくなってきたら、本文で説明しましたように、取り消しが無効と認定される状況をできるだけ避けるよう、予め戦略を取り入れることがおすすめです。