【某社員の給料を差し押さえろ、と裁判所に命じられたらどう対応すればよいか?】―給料に対する債権差押命令の取り扱いについて

会社には給料を全額労働者に支払う義務があり労働基準法第22条、それを守らないと、2~100万NTDの過料納付書が届きます(労働基準法第79条)。なので、源泉所得税や自己負担の社会保険料を別とすれば、会社は1NTDたりとも労働者への給料から差し引くことはできず、社内罰金制度が設けられていても、前述のルールに抵触することはできません。

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では、給料を支払わずに差し押さえろ、と裁判所に命じられたら、会社は前述した労基法の定めに反するまでそれを遵守しなければならないものなのか、給料が差し押さえられたら社員が可哀そうなので、何か対応策ないか、といった、債権差押命令を受けた会社からのよくある質問について、徹底解説させていただきます!

裁判所に言われた通り、従業員の給料を差し押さえる義務あるか?

裁判所から、給料の差し押さえを命令する文書は債権差押命令といいます。それを受け取った会社は、例外的に「賃金全額支払いの原則」に反して、対象従業員に支払う給料の一部を保留しなければなりません。そして、会社は当該保留された一部の給料を、債権差押命令に従い、債権者である個人もしくは会社に直接支払うか、または先に裁判所に支払い、裁判所経由で債権者に返済してもらう必要があります(債権者が複数あった場合)。

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もし対象従業員は既に退職したら、会社は債権差押命令を受け取った後の10日以内に、「うちにはそんな人間いませんよ」、と裁判所に返信すれば一件落着するので(強制執行法第119条)、既に対象従業員に支払った給料を払い戻してもらって、債権者または裁判所に差し出す必要はありません。

一方、会社は従業員のためだと思い、裁判所の命令を無視して給料の支払いを通常通り行った場合、それによって債権の回収がうまくいかなかった第三者には、会社を相手取って、対象従業員の債務を代わりに弁済しろ、と裁判所に提訴する権利が生じてきます強制執行法第119条)。そうすると、対象従業員の代わりに債務者となった会社には、自社の資産が強制施行の対象にされてしまうため、留意が必要です。

裁判所に言われた通り、従業員の給料を差し押さえる義務あるか?

給料を全額差し押さえなければならないのか?

債務者が借金を返済するのは当たり前で、それぐらいの義務も果たさなければ、給料を差し押さえられても、文句は言えません。かといって、給料が唯一の収入源である債務者への給料を全額差し押さえてしまうと、「俺から野球を取ったら何も残らない」的な状況が発生し、いきなり生活苦に陥った債務者はもう働けず、翌月から差し押さえられる給料もなくなる、という債権者と債務者の双方にとってlose-loseな結果となってしまいます。このバッドエンドを法律的に回避しようとする方策は、2018年の法改正に登場した「最低生活費1.2倍のルール」です。

いわゆる「最低生活費1.2倍のルール」というのは、たとえ債務の金額がめちゃくちゃ高く、100人以上の債権者がいたとしても、債権者は債務者が毎月受領する給料から強制執行できる金額は、台湾政府が決定した、地方自治体別最低生活費の1.2倍を上回る部分のみである、という決まり(強制執行法第122条)です。そのルールによって、給料が差し押さえられたとはいえ、手元に最低生活費1.2倍相当額の給料が残る労働者は何とか食いつないで行けるわけです。

また、最低生活費の1.2倍相当額の給料さえ残せば、債権者は青天井的に債務者の給料を強制執行できるわけではなく、強制執行可能な金額は、債務者が会社から受領する月次給料の1/3を超えない範囲までともされています(強制執行法第115-1条)。

まとめると、会社は裁判所の指示に従い、従業員の給料を差し押さえるとき、①最低生活費の1.2倍相当額の給料を保留するのと、②対象従業員の月次給料の1/3を上回らない金額を差し押さえること、との2つのルールを守る必要があります。

給料を全額差し押さえなければならないのか?

差し押さえる金額について、裁判所に値引き相談可能か?

最低生活費の1.2倍というフロアがあって、月次給料の1/3というシーリングも設けられているなかで、給料の差し押さえ額についてなお値引き交渉をするのは、あり得ないのでは?

と考えるのは普通です。しかしながら、何処まで立証できるか次第で、値引き相談は全くできないわけでもありません。

例えば、債務者に未成年子女または定年後の両親など扶養親族が居た場合、同じ生計を立てていることを証明する戸籍謄本は勿論、その他扶養の事実を証明可能な書類とともに裁判所に提出すれば、最低生活費の1.2倍×(債務者+扶養親族)に相当する給料は差し押さえられずに済む可能性があります(強制執行法第122条)。

また、いわゆる「最低生活費の1.2倍」という数字は、あくまでも目安に過ぎず、もし毎月かかる生活経費の金額がそれを上回った場合、対象従業員が当該事実を証明できるエビデンス、例えば水道光熱費や学費、医療費などの領収書を裁判所に提出できれば、強制執行対象外の金額を「最低生活費の1.2倍」より高い額に設定してもらえる可能性があります。ただし、嗜好品を購入する経費やスナックのサービス料などは、生活に必要とされる経費として認められない形になるため、対象従業員は、「社会通念上の生活必要経費」をもって、裁判所に対して値引き交渉を行わなければなりません。

差し押さえる金額について、裁判所に値引き相談可能か?

給料の差し押さえはいつまでやったらよいのか?

会社側にとっては、給料を普通に支払うより、差し押さえの手続きを別途実施するのに手間暇がかかります。差し押さえ期間が短期で終わり、通常通り給料を全額従業員本人に支払うことができれば、会社の立場からしては、それに越したことはないでしょう。にもかかわらず、数万NTDの少額債務とのケースを除き、給料の差し押さえが一旦始まってしまうと、大体終わらないものです

台湾の法律では、差し押さえられた給料は、まず強制執行の手数料(債務総額の8/1,000)に充てられ、次は未払債務の利息に充てられて、なお残額があれば未払債務そのものに充てられる仕組みとされます(民法第323条)。もし従業員が作った債務に通常の相場より高い金利が設定され、かつ複数の債権者から同時に給料の差し押さえを申し立てられた場合、相当な高給取りでない限り、対象従業員が定年するまで、会社は差し押さえを継続しなければならない形となります。

終わりが見えない給料の差し押さえを、ただただ指をくわえて我慢していくより、早期に民事再生手続を行って、債権者と本格的に交渉を開始することを従業員に勧めることもよいでしょう。

給料の差し押さえはいつまでやったらよいのか?

対象従業員がどこで働くのを債権者はどう把握したのか?

勤め先は一応個人情報に該当するため、債務者が借入するとき、自らそれを開示しないと、債権者は普通把握できません。ただし、債権者が強制執行の手続きを行えば、話は別です。

関連法律によると、強制執行を申し立て、かつそれが裁判所に認められれば、債権者は税務当局に債務者の納税や所得などの情報を提出するよう要請可能となります。それらの情報があれば、債務者はどこの会社から給料を受け取っているのかを知ることができ、債務者の勤め先に、給料の差し押さえについての連絡もできるわけです(税金徴収法第33条)。

対象従業員がどこで働くのを債権者はどう把握したのか?

解雇手当も差し押さえの対象にされるのか?

給料差し押さえの件で、会社に迷惑をかけることにうしろめたさを感じた従業員が自主退職を申し出た場合、支払義務がないものの、親心でその従業員に解雇手当を支払おうと検討する会社もあるでしょう。ただし、解雇手当も給料と一緒で、差し押さえの対象にされる点はあまり知られていないようです。

なお、もし会社は解雇手当とは別に、従業員への報酬として株式も支給したりした場合は、当該株式も差し押さえの対象になりえます。差し押さられた株式は、その後裁判所によって強制競売にかけられ、会社とは全く関係のない外部の第三者に競り落とされたら、当該第三者に会社の株主総会に参加する権利が有する形となるため、会社の運営に制御できない不安要素が生じてくるので、留意しておきましょう。

解雇手当も差し押さえの対象にされるのか?

今週の学び

裁判所からの出廷通知書とは違い、債権差押命令はあくまでも会社に「協力要請」を通知する文書なので、差し押さえのプロセスをきちんと対応しておけば、会社側には一切損失が出ません。もし借金を作った従業員が既に夜逃げして連絡がつかなくなったら、10日内に必ず裁判所に対する異議申し立てを行うのと、差し押さえ額を計算するときに、「最低生活費1.2倍」ルールと「給料総額1/3」ルールを守ること、との2点を会社が意識しておけば、問題ないと思います。

マサレポ、今週の学び

  • 会社が給料の差し押さえ命令に従わないと、今度は会社の資産が強制執行されてしまうため、正しく対応することが望ましいです。
  • 給料を全額差し押さえる必要はなく、最低生活費を残しつつ、なおかつ給料の1/3を超えない額で差し押さえればよいです。
  • 扶養親族の存在と実際の生活費を主張することで、差し押さえ額を低減する交渉は可能だが、立証責任は従業員側にあります。
  • 給料の差し押さえがエンドレス続く場合もあるので、早期に民事再生の手続を行うよう従業員に勧めておくのもよいでしょう。
  • 解雇手当や株式報酬も強制執行の対象になりえるため、会社の運営に支障が出ないよう、差し押さえ命令が届いたら早急に対策を考えておきましょう。

ATTENTION!

※本マサレポは2023年9月15日までの法律や司法見解をもとに作成したものであり、ご覧いただくタイミングによって、細かい規定に若干法改正がなされる可能性がございますので、予めご了承くださいませ。気になる点がおありでしたら、直接マサヒロへお問合せいただきますようお勧めいたします。

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