“タイムカードの代理打刻は文書偽造罪に該当するのか?代理打刻を行った社員を懲戒解雇してもよいか?”違法性の観点からCHECK!
会社には従業員の勤怠記録を付けて5年間保存する義務があって(労働基準法第30条)、労働当局または従業員から提出要請を受けたら、書面による記録で提出しなければなりません(労働基準法施行細則第21条)。
また、会社は勤怠記録に記載された出勤・退勤時間に基づいて分単位で残業代などを計算する必要があり、原則として〇〇分や1時間未満の残業を一方的に切り捨てることはできないとされます(労働事件法第38条)。
「勤怠記録の作成義務」は会社の法的義務ではあるものの、実務的には、タイムカードの打刻義務を従業員に課すなどで、従業員本人に協力してもらうことが一般的です。
タイムカードの打刻義務を徹底する目的で導入されたのは、打刻しないまたは打刻忘れの場合に欠勤、遅刻扱いにする罰則制度だが、当該制度の天敵として誕生したのは、同僚愛を表す代理打刻という対応方法です。
代理打刻をしたら〇〇処分をする、といった感じのルールでそれを防ぐ対策を取る社内管理規程を結構見かけるが、「代理打刻」という行為は、社内ルールの違反とは別に、刑法上の「文書偽造罪」に該当し、それを行った従業員は刑務所に送られたり、それを理由に会社は同人を解雇しても不当解雇にはならない、といった話もたびたび持ち上がっています。果たしてどうなのかをCHECKしてみましょう!
「文書偽造罪」とは?
タイムカードの代理打刻は「文書偽造罪」に該当するかを分析するのに先立って、台湾の刑法に定めた「私文書偽造罪」の構成要件を見てみましょう。
私文書を偽造または変造し、公衆或いは他人はそれによって損害が生ずるおそれがあった場合、5年以下の懲役刑に処する。
とある業務に従事する者が、ある事項が事実ではないのを知りつつも、業務上作成する文書にそれを記載し、公衆或いは他人はそれによって損害が生ずるおそれがあった場合、3年以下の懲役刑、拘留もしくは15,000NTD以下の罰金に処する。
前者と後者の大きな相違点は、偽造されたのは「業務上作成する文書」か、あるいはそれ以外の私文書か、との点です。
例えば、経理担当の従業員は記帳作業を行うときに、請求書などのエビデンスをもとに会計伝票を起票する必要があります。会計伝票の起票は業務関係で繰り返し行う経理担当の従業員にとっては「業務上作成する文書」に該当するため、もし同従業員が架空の会計伝票を作ったら、後者の私文書偽造罪を犯した形になります。
そして、二つの私文書偽造罪に共通する要件として、「公衆或いは他人はそれによって損害が生ずるおそれがあった」があります。つまり、事実でない文書をでっちあげ、「かつ」他人に何かしらの損害を与える、という二つの条件が揃って初めて私文書偽造罪が成立することが分かります。もし善意をもってある書類を不正に作成し、かつ誰もそれによっていかなる損失を被っていなければ、私文書偽造罪に該当しないわけです。要注意なのは、文書偽造の行為がもたらす損害は実際に発生したかどうかは肝心ではなく、その「恐れ」があったと認められれば要件が満たされます。なお、損害というのは必ずしも金銭的損害に限られず、時間的ロスや名誉の低下につながるマイナス効果でもカウントされます。
台湾における私文書偽造罪に関する定義を確認してから、次は「タイムカードの代理打刻」は私文書偽造罪に該当するかを考察してみましょう。
「タイムカードの代理打刻」は犯罪行為?
まず、同僚の依頼を受けて代理打刻する従業員は、会社から指示を受けた担当業務は別にタイムカードの打刻ではないので、「業務上作成する文書」に関する私文書偽造罪は先に外せます。そうすると、代理打刻でタイムカードという文書に偽の記録を付けるという行為は、通常の私文書偽造罪に該当するかを考える形になります。
次、タイムカードの代理打刻が必要な場合、例えばタイムカードの持ち主は会社の出勤時間に間に合わず、時間とおりに出勤する同僚に頼んでカードの打刻を依頼するケースが存在する一方、私用で会社を早退しようとするが、会社にばれたくない目的で、同僚に退勤時の打刻をお願いするケースも散見されます。遅刻にせよ早退にせよ、定められた労働時間に従って働いたわけではないので、欠勤した分の給料及び皆勤手当をもらうべきではないにもかかわらず、他人経由で偽の勤怠記録を作ったことにより、会社に「実質欠勤した分の給料及び皆勤手当を支払った」という損失を被らせたのです。従って、「公衆或いは他人はそれによって損害が生ずるおそれがあった」という要件に合致します。
タイムカードという文書を偽造する事実があって、かつ会社にも過剰に支給した給料に相当する金銭的損失を発生させたわけなので、代理打刻を行った従業員には私文書偽造罪の刑事責任を負わなければならない、と考えても問題ないが、裁判実務における取り扱い少々異なるかもしれません。
「タイムカードの代理打刻」は犯罪行為?裁判実務での取り扱い
20年ほど前の裁判例では、代理人は本人から許可をもらって、本人のタイムカードを打刻したわけであり、つまりしっかりと本人の同意を得てから代理打刻を行ったから、私文書偽造罪の適用はない(高裁91年度労上易字第67号判決)、との考え方が持たれた一方、直近の裁判例では、私文書偽造罪で断罪する代わりに、会社から欠勤分の給料をだまし取った「詐欺罪」に着眼し刑罰を下す事例もよくあります(台北地裁110年度易字第848号判決)。
上記とは別に、2022年に起きた、モスバーガーの店長とパートタイマーの間に起きたタイムカードの代理打刻事件に関しては、審理を担当する裁判官は店長に対して私文書偽造罪を言い渡し、懲役刑を下しました(台北地裁111年度審簡字第1931号判決)。
同僚から依頼を受けタイムカードの記録を偽造し、会社から不当に欠勤分の給料をもらったら、私文書偽造罪に該当する可能性は紛れもなくあるが、裁判実務においては、私文書偽造罪が詐欺罪に吸収され詐欺罪のみで断罪されたり、犯罪の情状が軽微で判官贔屓の恩恵を受け刑事責任を問われなかったりするなど、裁判実務においてはその他可能性が存在する現状です。
タイムカードの代理打刻を理由とする懲戒解雇は可能?
タイムカードの代理打刻を固く禁じることを社内規程に盛り込む会社は少なくありません。従業員がそれを違反したら、会社は規程の定めたにより処分を下します。
では、ルールを破ってタイムカードの代理打刻を行った場合、懲戒解雇の処分を下すという条項を社内規程に盛り込んで、それを違反した従業員を即首にしても大丈夫か、という疑問が湧いてきます。
会社を故意に騙して損を与えたり、会社の責任者または同僚に暴力を振るったりするなど(労働基準法第12条)、労基法上では従業員を合法的に懲戒解雇できる条項が定められており、それらの条件とは完全に一致ではないとはいえ、従業員が内容を確認し自らそれにサインした社内規程に記載された懲戒解雇の条件は法的に有効だろう、と考えるのは至極同然かもしれません。しかしながら、裁判官の見解は違います。
高裁91年度労上易字第67号民事判決
会社の内部規程に、「3日を欠勤すれば解雇」と「タイムカードの代理打刻をすれば解雇」といった懲戒解雇に関する条項が作られたが、両方を見比べたら、代理打刻の違法性は明らかに軽微であり、労基法第12条に定めた「違反情状が特に重大である」との程度には至らない。そのため、タイムカードの代理打刻のみを理由に従業員を懲戒解雇することは法に反し無効であると判断。
「タイムカードの代理打刻」という行為は、人事管理の面においては確かに不適切であり、それをやめてもらおうと譴責処分など妥当な手段を講じる必要はあるが、それだけでいきなり従業員との雇用関係を解消したら比例の原則に反し、不当解雇と認定される可能性があるので、留意しておきましょう。
今週の学び
技術の進歩により、勤怠管理を行うのに、タイムカードという長年にわたるレギュラー方法を採択する代わりに、スマホやPCでの打刻やGPS打刻などのデジタルソリューションを導入する会社は増えつつあります。新しい打刻方法の採択は、ある程度代理打刻が起きる頻度を下げたが、打刻を「カンニングする」方法を開発し、会社を困らせる従業員の話もたまに聞きます。「社内規程の違反のみならず、刑事責任も伴うよ」というように、カンニングを防ぐ打刻方法の導入とともに、従業員に対してこの辺の法律知識を共有しておくのもおすすめです。