「有能な人材をヘッドハントしただけなのに、何故損害賠償を求められたのか?」―悪質な引き抜き行為に関する法的責任

「有能な人材をヘッドハントしただけなのに、何故損害賠償を求められたのか?」―悪質な引き抜き行為に関する法的責任

職業選択の自由は、台湾の憲法(中華民国憲法第15条)によって保障されている権利であり、労働者は自分にとってより条件のよい会社に鞍替えすることが普通です。

労働者の立場からしては、転職活動はキャリアを積むことができるほか、昇給や昇格、通勤時間の短縮などのメリットが見込まれるため、自分の価値を高めようと積極的に転職を繰り返す労働者もいます。

一方、会社の立場からしては、自社と相性の良くない労働者が転職を行うのは別に問題ではないが、優秀な人材であるにもかかわらず他社へ転職すると、「引き留められるか」、「取って代わられる人間がいるか」、などで悩まされてしまうかもしれません。

また、「優秀な人材が他社への転職」は、労働者が希望の転職先に履歴書を送り面接を受けて受かったというオーソドックスなパターンではなく、競合他社が強気なラブコールを送り続けた結果による場合も少なからず、競争の激しい業界は特にこの手の引き抜きがよく行われています。

確かに、転職は憲法に守られている権利であり、たとえそれが競合他社の引き抜きによるものであったとしても、文句は言えないはずです。しかし、実務的には、競合他社が行う引き抜き活動は、必ずしもフェアな方法で行われたとも限らず、良からぬ意図をもって、通常ではない手口を講じて引き抜きを行ったりする事例も少なくありません。このような引き抜き行為にはどのような法的責任が伴うのかを確認して、「悪質な引き抜き行為」の被害に遭った場合の対応策を考えてみましょう。

ほかの会社から自社が欲しい従業員をスカウトすることを意味する「引き抜き」という言葉は、台湾の法律用語ではなく、いわゆる「悪質な引き抜き行為」を定義づける法律も存在していません。ただし、「悪質な引き抜き行為」とは何なのかの説明を試みた裁判例があります。

高裁110年度重労上字第7号判決

  • 引き抜き行為には、教唆またはお金で勧誘するなどのスカウト方法で、退職する意志のない者に退職を決意させたり、退職する意志を持つ者に退職の決意を強化したり、もしくは退職の協力を行ったりすることが含まれており、退職の動機、例えばキャリアプラン、家庭又は健康問題、現職への不満などとは必ずしも因果関係があるとも限らない。
  • 「悪質な引き抜き行為」とは、脅迫やお金で勧誘するなどを含めた社会的倫理に反する不正な方法をかなり積極的に利用して行った引き抜き行為を指す。

例えば、明らかに相場より高い給与条件で、スカウトしようとする他社の従業員に提示したり、他社の悪口をたくさん吹き込んで他社の従業員が現職に嫌気がさすように仕向けたり、個人都合で退職するときに生じる罰金を肩代わりして他社から退職することに協力したりするなどのケースは、「悪質な引き抜き行為」に該当する可能性があります。

「悪質な引き抜き行為」を定義する法律が存在しないから、たとえそれを行っても法的責任が問われることはないのでは、と考えられるかもしれないが、実際、「下心」をもって引き抜き行為を行うと、引き抜かれた労働者のみならず、引き抜きを行った会社側にも法的責任が発生する場合があります。

「悪質な引き抜き行為」とは?

会社がヘッドハント会社を頼んで、他社から有能な人材を引き抜いてもらうのはよくある話しです。よその将来性や給与水準、職場環境などの条件が明らかに優れているのであれば、社員が引き抜かれてもしょうがありません。そうとは違って、相場では考えられない桁違い待遇で、とある会社を狙って集中的に引き抜き活動を行い、かつ狙っているのは、「当該会社に勤める特定の社員が持っている企業秘密や技術ノーハウ」であれば、そのような「悪質な引き抜き行為」が既に法律に触れてしまいます。

台湾の営業秘密法では以下のような定めがあります。

自分または第三者の不法な利益のため、あるいは営業秘密の所有者の利益を損なう意図で、次のいずれかに該当する者は、5年以下の懲役刑または拘留に処し、100万~1,000万NTDの罰金を併科することができる。

  1. 盗取、横領、詐術、脅迫、無断複製その他不正な方法で営業秘密を取得し、または取得後に使用または漏えいする者。
  2. 営業秘密を知悉または保有しているが、許可を得ずにまたは許可の範囲を超えて複製、使用または漏えいする者。
  3. 営業秘密を保有しているが、営業秘密の所有者から削除、廃棄命令を受けたにもかかわらず、削除、廃棄せず、または隠匿しない者。
  4. 他人が知悉または保有している営業秘密が前3号の状況に該当することを明らかに知りながら、取得、使用または漏えいする者

前項の未遂犯は罰する。

罰金を科する場合、犯罪行為者が得た利益が罰金の最高額を超えた場合は、得た利益の3倍の範囲内で加重することができる。

法人の代表者、法人または個人の代理人、使用人その他の従業者が、業務の執行により、第13条の1、第13条の2の罪を犯した場合、当該条の規定により行為者に対して処罰するほか、当該法人又は個人にも当該条の罰金を科する。ただし、法人の代表者又は個人が犯罪の防止に努めた場合には、この限りでない。

上記の法律からも分かるように、競合他社の従業員を引き抜いて、かつ同人が持っている前職の企業秘密を無断で利用すると、

従業員が一方的に前職の技術情報を共有してくれて、受身的にそれらの情報を利用するだけなので、それでも営業秘密の侵害が成立するなら、有罪なのは当該従業員で、うちは関係ない!

のような抗弁はもう通用しないのです。営業秘密法の定めでは、会社は従業員が前職から企業秘密を無断で持ち出したのを知りつつも、なお利用しようとした場合には、たとえ何かしら大人の事情により当該営業秘密を利用しそこなったとしても、会社は同人と同罪とされ、会社の責任者など実際に営業秘密の侵害行為に手を染めた個人だけでなく、法人格を有する会社もMax的に損害額の3倍に相当する罰金刑を食らう可能性があります

自社の秘密情報をどうやって守ったらいい?知ってるようでよく知らないー台湾の営業秘密法

自社の秘密情報に対して最低限どんな管理体制を取ったら、不正利用のリスクをある程度抑えられ、いざ被害に遭ったら有効な法的手段をタイムリーに取れるのかについて、そ…

なお、従業員が不正な方法で前職の営業秘密を次の就職先に持ち込んで使用させ、当該営業秘密の所有者である前職の会社はそれによって一部のビジネスチャンスが奪われた場合、立証可能な損失額について、その従業員に損害賠償を請求する権利は勿論、前職の会社は自社の営業秘密が侵害された事実を知って2年以内にその従業員を引き抜いた競合他社に、当該従業員が負うべき賠償義務についての連帯責任を求めることも可能とされます営業秘密法第12条)。つまり、たとえ賠償義務を負う従業員が意図的に自らの財産を隠して賠償しようとしなかったり、自らの全財産を使い果たしても賠償金を全額返済できなかったりする場合においても、被害を受けた会社は、代わりに他社の営業秘密を盗もうと悪質な引き抜き行為を行った会社に対して賠償金の支払いを求めることが可能なわけです。

「悪質な引き抜き行為」を行った会社の法的責任

営業秘密を不当に取得し使用する意図で、競業他社に対する悪質な引き抜き行為を働いた会社には、高額な罰金刑と損害賠償責任が用意されており、被害を受けた会社が法的手段を行使すれば、迅速に被害の拡大を防げるとともに、妥当な賠償額も受領できます。しかしながら、実務的には、自社の営業秘密を社員の引き抜きで競業他社に盗まれたケースは、裁判を起こすからと言って、必ずしも自社の主張を通して、盗人会社に然るべき処罰を受けさせることができるとも限りません。主な問題点は、不当に利用された情報は営業秘密に該当するかどうかです。

台湾の営業秘密法に照らし合わせると、自社の技術情報などが営業秘密に該当するかを判断する3つの原則は以下です。

  • 同じ業界に従事する人であっても、通常はそれを知り得ることはできない、つまり「秘密性」を有すること
  • 既に又は潜在的に経済的価値を有すること。
  • 妥当な秘密管理措置が施されること

競合他社が悪質な引き抜き行為を行うまで取得しようとするのであれば、その技術情報は通常のやり方では入手できず、かつそれなりの経済的価値を有することは間違いないでしょう。となると、一番重要な点は「妥当な秘密管理措置が施されているかどうか」です。

裁判実務において、自社の営業秘密が盗まれたと主張する会社が負けた事例は、大半の場合、社内の秘密管理措置が雑であったり、秘密管理措置の維持がなされていない、もしくはそもそも秘密管理措置的な制度が存在していない、などが主な敗因となっており、人数が少ない中小企業は特にこの傾向が強いです。

自社の技術情報やノーハウなどが、競合他社が行う悪質な引き抜き行為によって不当に流出されないよう、妥当な秘密管理措置を社内に導入し、定期的に更新しましょう

様々な商品やサービスが今まででは考えられないスピードで日進月歩しており、いろんな業界での競争も激しさを増しているなかで、きわどい人材獲得の方法を行使する事例も増えつつあるようです。入社時または退職時に署名した秘密保持契約や競業避止契約に違反するとして、引き抜かれた元従業員に責任を問うだけでは、既に競合他社に漏えいされた自社の技術情報を守るのに不十分な場合もあることを考慮し、営業秘密法を活用して当該競合他社に対しても法的責任を追及することがおすすめです。

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マサレポ、今週の学び

  • 被害を受けた会社は、営業秘密を競合他社へ不当に流出した従業員だけでなく、当該従業員を引き抜いた競合他社に対しても罰金刑の求刑及び損害賠償責任を求めることは可能です。
  • いざという時に、法律に基づいて妥当な権利を行使し、営業秘密を不正に取得し利用した会社に制裁を下すためには、自社の秘密情報に適切な秘密管理措置を施して、定期的にアップデートしたりすることが望ましいです。

ATTENTION!

※本マサレポは2024年2月6日までの法律や司法見解をもとに作成したものであり、ご覧いただくタイミングによって、細かい規定に若干法改正がなされる可能性がございますので、予めご了承くださいませ。気になる点がおありでしたら、直接マサヒロへお問合せいただきますようお勧めいたします。

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