【代金をなかなか支払ってくれない客先にはどう対応すればよいのか?】―未払債権に対する法的措置
物々交換でなければ、商品を買って、代金を売り手に支払う、というのは呼吸と同じように至極当然のことです。
一方、至極当然のことであるにもかかわらず、商品を買って、いつまで経っても代金を支払わない、平気で売り手を困らせる者も少なくありません。
買い手側の資金繰りに問題がひどく、各種支払いが悉く滞っていれば、誠意をもって売り手に相談することで、問題解決の糸口は見つけやすく、最終的にはWinWinな関係に持っていけなくもありません。
しかしながら、手元資金の水準が開示されず、代金を支払わない理由についても説明しない、ただただ商品代金の支払い義務を履行しようとしない買い手がいれば、台湾の法律上、売り手サイドでどういった法的措置を取って債権の回収を図ることができるかについて、実務上における留意点を含め解説させていただきたいと思います。
債権の存在を証明できる証拠の収集に努める
実施頻度が高い取引については、各種細かい条件をはっきりさせようと、取引を開始する前に、予め客先と売買基本契約書を締結したりすることが一般的です。ただし、それだけでは取引の実在性を証明するには至れなくて、発注書と注文請書のやり取りがあったり、電子メール又はファックス経由の注文依頼とそれに対する返信などがあったりしてはじめて、取引がなされた事実を証明可能となります。
一方、現在進行中の取引の内容との乖離を特に意識せず、数年ないし数十年前から使ってきた契約書又は注文請書をそのまま利用し続けるか、一切契約を締結せずに電話一方で取引が成立する、といったスタイルは、台湾の中小企業の間では少なくないようです。それで、契約書などの作成やリーガルチェックを法律の専門家に頼む手数料が節約できて、注文を取る効率もよいかもしれないが、いざ取引先が何の理由もなく代金の支払いを止めてしまえば、たとえ売り手が支払い条件のはっきりしない契約書を証拠に、取引先に対して入金の催促を行っても、契約書に散見される不明確な点をもって反論され入金を引き続き渋られるリスクが大きくて、口頭約束のみで取引が成立するケースはなおさらです。
なので、取引先は確かに〇月〇日に商品を受領し、〇〇NTDの代金を売り手に支払わなければならない、との事実を証明可能な書面による記録を拾い上げ、支払い条件に関する不明確な個所を一切合切洗い出し、そしてそれらに対する理論武装をしっかりしてから、債権回収のアクションを取ることがおすすめです。
債権が時効によって消滅していないうちにアクションを取る
契約書その他書面による記録で、取引先には確かに代金の支払い義務があることを確認できた後、次は取引先に対する代金の請求権が時効によって消滅していないかを確認することです。
台湾の民法では、ビジネス行為に該当する前提で、商品の販売によって得られる対価は、2年以内に請求しなければ消滅するとされます(民法第127条)。
いわゆる「2年」という期間は、取引当事者の双方が合意した代金支払日から起算します。例えば、買い手は、契約時に手付金として代金の30%、商品出荷時に代金の30%、検収後に代金の40%を売り手に支払う必要がある、との支払条件である場合、当事者の双方が契約書に調印した日から2年以内に、売り手が最初の30%の代金を請求しないと、買い手は消滅時効を主張し、代金の支払いを拒否することができます。
留意が必要なのは、商品代金の請求権は上述の2年が経つと、自動的になくなるわけではなく、あくまでも支払義務のある側、つまり買い手に新たに「支払いを拒否する権利」が付与されるのであり、買い手が当該権利を行使しなければ、たとえ2年が経っても売り手は引き続き代金を請求可能です。もし買い手が2年を経過した商品代金を売り手に支払った後、マサレポを見て消滅時効の法律を知り、それを理由に売り手に返金請求を求めた場合、時効によって消滅したはずの代金を一旦支払ってしまったら、売り手は、消滅時効のルールを知らないのを理由に返金請求を求めてはいけない、という法律を根拠に、買い手からの返金請求を拒否することもできるとされます(民法第144条)。
商品代金の請求権が時効になっているかどうかを判断するためには、契約書や見積書に記載される支払い条件が非常に大事なので、代金の回収にトラブルが発生しないよう、契約書の内容を事前に専門家にリーガルチェックしてもらうことがおすすめです。
弁護士名義の内容証明郵便を送付する
当初約定した支払期限を過ぎたが、買い手は代金を支払うそぶりを一切みせておらず、売り手が電話や電子メールなどで何回かやんわりとRemindしてあげていても、やはり相手にされていなかったら、請求権が前述の時効によって消滅していないうちに、買い手に対して真顔で意思表示を行う必要が生じてきます。
理由なく商品代金の支払いを渋り続ける買い手に対しては、いきなり費用と時間が大変かかる民事訴訟を提起する代わりに、弁護士名義の内容証明郵便を送付し、本格的な催促を行うことで、買い手に売り手の真剣さを見せるのもよいでしょう。そうすると、
代金を支払わなければ、今度こそ訴えられるから、ここまで粘ってきたのに少々悔しいが、早めに対応しよう。
と買い手が考えたりして、重い腰を上げて入金作業を行ってくれる可能性は期待できます。
ただし、こういった内容証明郵便はあくまでも証拠収集用の書類であり、法的拘束力がないため、それを買い手に送ったからといって、必ずしも買い手が動いてくれるとは限りません。とはいえ、何年かかるか分からない訴訟手続と比べたら、内容証明郵便一つで解決できるようであれば、それに越したことはないので、試してみる価値はあるでしょう。
ちなみに、内容証明郵便を送付すると、それを受け取った買い手の機嫌が損なわれるのは避けられないため、互いの関係値を考慮し、内容証明郵便を送るかどうか、送ると決めればいつ送るかについて、慎重に検討する必要があります。
支払督促を申し立てる
買い手は、売り手からの電話や電子メールでのRemindに反応がなく、内容証明郵便も相手にしなかった場合、次は法的拘束力を有する催促措置を講じるしかありません。
買い手に対する債権を有することをはっきり証明できる書面による記録の有無について、自社内でまず確認し、うまく整理できれば、それらをまとめて裁判所に提出のうえ、支払督促を申し立てることができます。当該申し立てを受理した裁判所は、支払督促を債務者である買い手に送付し、それを受け取った買い手が20日以内に異議申し立てを行わなければ、支払督促が成立し、確定証明書は裁判所から債権者である売り手に送付されます。その後、売り手は前述の確定証明書をもって、買い手の財産に対する強制執行を裁判所に申し立てることが可能となります(民事訴訟法第521条)。
上記は、全ての手続がうまくいけばのを前提とするパターンです。もし買い手が裁判所からの支払督促を受け取って20日以内に異議を申し立てれば、支払督促の申し立てが不成立となります。その場合、売り手が行った支払督促の申し立てが自動的に民事訴訟又は調停手続にレベルアップされ、長丁場の攻防が始まります(民事訴訟法第519条)。
支払督促の申し立てにかかる裁判手数料は500NTDで済むのに対して、民事訴訟の場合、裁判手数料は未払債権額の1.1%(第一審)、とされ、債権額次第で第二審、第三審にエスカレートする可能性もあることを考えたら、債権を確実に回収できるか定かでもないのに、予め多額の裁判手数料を支払わなければならない売り手にとっては、苦渋な選択であることに間違いないでしょう。
債権を保全するための仮差押え
債権を回収するためのフルコース、弁護士名義の内容証明郵便、支払督促、調停手続、そして民事訴訟を一通りこなすには、それなりの時間がかかります。買い手にその気さえあれば、この間を利用して、会社又は個人の財産を隠したり、信用できる第三者に財産を移転したりして、代金を返済する能力がない状態を作り出すことができます。そうすると、たとえ買い手が訴訟に負けたとしても、代金を支払わされることはありません。
商品を販売する代金を回収する、といういかにも当たり前な権利を行使するのに、想定外の経費を使って内容証明を送って民事訴訟も提起したのにもかかわらず、買い手に財産がないから、最終的に得ること何一つないとは…
のような悔しさを経験しないよう、以上で述べたフルコースとは別に、債権を保全するための仮差押えの申し立てを同時に行うスキームも考えられます。
財産に対する仮差押えの手続は、通常の民事訴訟とは違い、原告と被告が裁判官の面前で口頭弁論を行ったりすることはなく、売り手が一方的に申し立てを行い、担当の裁判官がそれを認めるかどうかで成立するわけなので、売り手は、買い手が自らの財産を隠蔽しようとする疑惑が濃厚で、可及的速やかにそれを差し押さえなければ、自社の債権を回収できる可能性が損なわれる、というリスクを強調し、かつそれを証明できる証拠を提示して裁判官を説得する努力が求められます。
法人は自社の財産を自由に処分する権利があって、当該権利に制限をかけるにはそれなりの理由が必要とされます。そのため、実務的には、仮差押えの申し立ての成功率は決して高くなく、一生懸命裁判官に働きかけても、結局空回りで終わるケースは少なくありません。なお、仮差押えを実施するためには、多額な担保金を予め裁判所に差し出さなければならないルールを合わせて考えたら、ハードルの高さが半端ないことが分かります。従って、費用対効果をもとに、仮差押えの申し立ての実施要否を慎重に検討する必要がありましょう。
今週の学び
商品を生産するのに、生産設備を動かすためのコスト、それを操作する労働者への賃金などがかかり、商品を生産せず他社から調達するのにも仕入代金その他付随費用がかかっており、いずれのビジネス形態でもキャッシュアウトが伴います。それらのキャッシュアウトをカバーし、会社を継続的に機能させていくためには、一定の期間内に商品の販売先から代金を回収しなければなりません。缶コーヒー1本やドッグフード1袋程度ならまだしも、新たに資本投資を行わなければ対応できないほどの大口注文となると、買い手が代金を遅々として支払ってくれないなら、売り手が黒字倒産の危機に追い込まれる可能性も無きにしも非ずです。そうならないためには、以上で紹介した対応方法を、未払い債権の早期回収に活用することをご検討いただければと思います。