何故立入検査官がうちに来るの!?―「労働検査方針」で謎解きを!

従業員のタレコミがあって、もしくは大きな労災事故が発生した場合、数日以内に労働当局の担当者が会社へ来て、いくつかの社内文書を確認したり、従業員数名に対してヒアリングを行ったり、しばらくしてから結果報告のような通知書が届き、会社が抜き打ちテストに合格したか、それとも不合格への罰として数万NTDの過料を払わされるかが分かります。これが、台湾の労働当局が行う立ち入り検査の日常風景です。

ただし、実務的には、従業員のタレコミがない(はず)、労災事故も全く発生したことのない従業員1~2名の商社、若しくは従業員全員が親族の投資会社にも労働当局から立ち入り検査を入られるという、どう考えても納得がいかないケースが多々あります。

果たして、台湾の労働当局はどういった基準をもって立ち入り検査の要実施会社を選定したのかについて、過料を支払わされるリスクを回避するとともに、余裕のあるうちに、自社を「何時抜き打ちテストを受けても及第点が取れる」状態に仕上げるために、立ち入り検査要実施会社の選定基準を定める、労働当局がリリースする労働検査方針を確認しておきましょう!

以下、台湾の労働当局が今年6月中に公表した2023年版の労働検査方針をもとに考察を進めていきます。

立ち入り検査のターゲットにされうる会社

労働検査方針第7条の定めによると、高雄や台南、台北等各行政区は、区内の労災発生状況、会社の分布と事業内容、地域の特性、安全衛生の状況を踏まえ、労働条件及び労働安全衛生におけるいくつかの判定基準をもって、立ち入り検査の実施対象会社を決定しなければならないとされています。

では、前述の判定基準は具体的にどういった内容なのかについて、以下3つのレベルに分けて、労働条件と労働安全衛生におけるチェックポイントをそれぞれ見てみましょう。

レベル①―立ち入り検査の実施が必要とされる会社

まずレベル1、地方の労働当局が立ち入り先として選ぶのは、以下いずれかの状況が生じた会社です。

労働条件において

  1. 労働者等から、台湾の労働法に違反したとの通報があったこと
  2. マスメディアから、台湾の労働法に違反したとの報道があったこと
  3. その他検査で、重大な法律違反が発見され、若しくは是正命令が出たにもかかわらず、期限内でそれを是正しないこと

労働安全衛生において

  • 労働者等から、台湾の労働安全衛生法に違反したとの通報があったこと
  • マスメディアから、台湾の労働安全衛生法に違反したとの報道があったこと
  • 死亡又は重傷被害を伴う労災が起きて、その後の改善状況が要確認であること
  • 労災予防事業で重点事業者として指定を受けたにもかかわらず、指示通りに労働安全衛生施設の見直しに取り組まないこと
  • 危険性を有する機械装置の使用で検査を申請したこと
  • 危険事業場の認定を申請したこと
  • 労働者の健康管理を担当する産業医の設置義務を怠ったこと

レベル②―立ち入り検査を優先的に実施すべき会社

レベル2となると、もはや通常通りの立ち入り検査ではなく、要検査会社のなかから優先的に対応しなければならず、かつ検査の密度も上がってきます。以下、比較的マニアックな状況が発生した会社が対象とされます。

労働条件において

  • 労働者等から、台湾の労働法に違反したとの通報が多数あったり、マスメディアから、台湾の労働法に違反したとの報道があって、かつその影響が大きかったりすること
  • 労働環境及び世論の動向が考慮されたうえ、労働条件に関する特別検査の実施を政府から命令が出たこと

労働安全衛生において

  • 火災と爆発事故の予防事業で指定された事業者
  • 大型建築工事の保安事業で指定された事業者
  • 屋根や高所作業における墜落・転落などの事故、事業場における追突事故の予防事業で指定された事業者
  • はさまれ・巻き込まれ事故等労災予防事業で指定された事業者
  • 有害物や高温・低温の物との接触による職業病の予防事業で指定された事業者
  • 下水道やガスタンクその他閉鎖空間内作業における労災予防事業で指定された事業者
  • 機械装置及び器具部品を対象とする製造元・輸入元管理、並びにその市場調査事業で指定された事業者
  • 屋外の高温多湿作業場所における熱中症予防事業で指定された会社
  • 生物的因子による業務上疾病の予防事業で指定された事業者
  • 外国人労働者の労災防止事業で指定された高リスク事業者
  • 労働者心身健康支援事業で指定された事業者

レベル③―特別にリストアップする要検査会社

レベル3に至っては、もはや労働者からのタレコミや通報があって、若しくは何かしらの予防事業で指定された等、比較的生易しい状態ではなく、ほとんどは労務管理的に重大な事件が起きたり、看過できないほどの違法事例があったりする会社が対象とされます。

レベル3の会社に対して、行政側では、常に監視下に置くようリストアップしており、高頻度かつ高強度な立ち入り検査を実施しています。レベル3にされる指標は以下です。

レベル3認定基準

  • 同一事業者又は同じ事業場において、3年以内に2回以上従業員が死亡又は重傷を負う労災事故が起きたこと
  • 雇用者数100名以上の事業者又は丁種指定を受けた事業場において、1年以内に3回以上、労働安全衛生施設に問題があって、行政から是正命令が出たり、過料処分が下されたりすること
  • 機械装置及び器具備品の安全装置の問題で労災事故が起き、それによって障害の残った従業員が1年以内に2名以上であったこと
  • 工場や機械装置のメンテナンスで、火災や爆発事故等従業員に重大な損害又は影響を与える労災事故が発生する恐れがあったこと
  • 最近1年以内に、従業員が事業場内の有害物等との接触によって、職業病を発症したり、死亡したりする事例があったこと

上記諸々指標とは別に、労働検査方針においては、立ち入り検査の対象とされる会社のうち、今まで検査を受けたことのなかった会社、若しくは最近5年以内に検査対象とされていなかった会社が占める割合を25%以上にしなければならないともされています。つまり、問題児会社だけ集中的に検査していても仕方がないから、公平を期するため、少しでも違法の匂いがする会社にも目を向けろ、という行政側の姿勢が伺えます。

次は、立ち入り検査は具体的に何を検査するかチェックしてみましょう。

立ち入り検査でよくチェックされる項目

労働検査方針では、20個弱労働者安全に関する検査項目が設けられるほか、労基法や性別平等法についてのコンプライアンス項目も記載されています。関連法律の理解が不十分のため、立ち入り検査でペナルティ処分を受けた事例の多くはまさに同コンプライアンス項目で引っかかっていました。

業種別とは関係なく、比較的に違反しやすいコンプライアンスに関する検査内容を以下確認しておきましょう。

労働者名簿の作成及び保存

※労働者名簿を5年間保存していますか?

労働者の出退勤記録

※出退勤記録を分単位で記録を取っていますか?

労働者の賃金台帳

※賃金台帳を5年間保存していますか?

通常勤務、超過勤務、休日及び祝日出勤についての賃金支払い

※適正なレートで超過勤務手当を支給していますか?

通常勤務及び超過勤務に関する社内ルール

※月次の超過勤務時間は合計46時間/1人以内に抑えていますか?

休日及び祝日に関する社内ルール

※法定休日に従業員を出勤させることありますか?

賃金支払いの頻度・期間、最低賃金制度の遵守及び賃金の天引きについて

※社内罰金を賃金から天引きしたことありますか。

法定退職金及び未払賃金立替払基金への積立状況

※アルバイト労働者に対しても退職金の積み立てをやっていますか?

退職金及び解雇手当の支給状況

※試用期間の解雇に解雇手当が支払われていますか?

未成年労働者、女性労働者、養成工の保護について

※女性労働者の夜間勤務に必要とされる安全衛生に関する施設が用意されていますか?

労災補償の社内ルールについて

※被災した労働者に適正な補償をしてあげていますか?

就業規則届出の有無

※30人以上の会社は就業規則の届出がなされていますか?

労使会議の開催

※労働者を1人以上雇用した会社は定期的に労使会議を開催しています。

性差別やセクハラ防止、就労における男女平等の推進措置について

※30人以上の会社はセクハラ防止規程を作成していますか?

福利厚生費の積立状況

※50人以上の会社は福利厚生費を積み立てしていますか?

労工保険・労災保険・就業保険の加入・脱退、及び標準報酬月額の決定について

※個人所得税で免税扱いになる食事手当を外し、標準報酬月額を決定したりしていますか?

就労差別、予告解雇に伴う届出の義務、違法雇用、違法就労等の有無

※予告解雇の届出手続きにおける10日前ルールはちゃんと守られていますか?

立ち入り検査に関するその他要留意事項

前述したコンプライアンスに関する検査項目をもとに、自社の労務管理について全般的なヘルスチェックを行い、問題事項を洗い出すうえ改善しておけば、いきなり台湾の労働当局に立ち入り検査を入られても、恐るるに足りずですが、どうしても短期間で100点満点になるまで改善しきれないのが普通です。

彼を知り己を知れば百戦殆からず!最善を尽くす方策として、以下、立ち入り検査の実施におけるその他細かい設定も把握しておくのがベストです!

細かい設定その①―初回でフルコース!

会社に未申告の有害物や危険性を有する機械装置が使用されているか、一度失踪した外国人労働者を雇用したりしているかなど、なるべく短期間で会社の各種問題点を叩き出そうと、台湾の労働当局が行う“”立ち入り検査の実施に、全面検査の実施が義務付けられています。ですから、今まで立ち入り検査を受けたことのない会社は、特に慎重に自社の労務管理を行うことが望ましいのです。

細かい設定その②―時には飴を

会社に事業場の問題改善を促そうと、労働当局は立ち入り検査の実施をきっかけに、諸々行政支援を能動的にしてくれます。この点を利用し、自社の問題点を程よく開示することで、行政のサポートで効率よく是正できる可能性があります。

細かい設定その③―ヒヤリハットの場合も

立ち入り検査とは別に、労働当局が会社に訪れるのは、視察・訪問を行う場合もあります。従って、労働当局から連絡を受けたら、「立ち入り検査だ!どうしよう~」という風に一方的に不安を募らせる必要はなく、労働当局の担当者に来社の目的をしっかり確認を行って、単純な視察・訪問だと分かったら、落ち着いて対応すればよいです。

細かい設定その④―火の無い所に煙は立たぬ

労働時間が長い、違法リスクが高い、マスメディアによく取り上げられる業種について、労働当局はその他行政機関と連携を取りながら、立ち入り検査の実施を行う可能性があります。そのため、自社が行う事業内容は世論的にどんな感じなのかを定期的にニュースを確認したりすることも重要です。

細かい設定その⑤―低給は要マーク

立ち入り検査の実施で、賃金水準を最低賃金前後に設定する会社を発見したら、労働当局はその場で検査内容を強化し、当該会社の給与体系を記録に残し徹底調査を行う可能性があります。社内に最低賃金を受領する従業員が居れば、過去において皆勤手当等を外すことで実支給額が最低賃金を下回った事例ないか確認しておくことがお勧めです。

細かい設定その⑥―変形は時間のみにしろ

立ち入り検査時、労働当局は改正労基法に定めた変形労働時間制を導入した会社に対しては、改正後の新規ルールに従って従業員の出退勤時間を設定しているか徹底調査しますので、自社が今実施中の変形労働時間制に、間違って旧制度のルールを一部取り入れたかを今一度確認することがお勧めです。

細かい設定その⑦―過度の天引きをやめろ

以前マサレポにて紹介させていただきました「寄付金の給与天引き制度」(「台湾の労使間でよく起きる給与支払いに関するトラブルTOP5を合わせてご参考ください)を利用する傾向のある業界に対して、立ち入り検査時は、従業員に配付する月次の給与明細の各項目を丁寧にチェックし、「賃金全額支払いの原則」に違反しているかを確認する検査方針が取られています。会社への寄付金とは別に、従業員から同意を得ていない社内罰金やユニフォーム代を給与から天引きしたことないか、念のため確認しておくことがよいでしょう。

細かい設定その⑧―職場復帰はリハビリの後

労災事故が発生した会社に立ち入り検査を実施した場合、被災した従業員に職場復帰を要求する前に、会社はリハビリテーション専門病院の意見を参考に、関連法律に基づき労災リハビリテーション実施計画書を作成しその通りに行っているかを、労働当局の担当者は厳しく確認します。被災した従業員から同意をもらっただけで、専門病院の評価を得ずに職場復帰させたりすることのないよう、留意しておきましょう。

ATTENTION!

※本マサレポは2022年8月4日までの法規定をもとに作成したものであり、ご覧いただくタイミングによって、細かい規定に若干法改正がなされる可能性がございますので、予めご了承くださいませ。気になる点がおありでしたら、直接マサヒロへお問合せいただきますようお勧めいたします。

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