「みなし残業代制度が合法?非合法?」―法的観点から見る台湾における定額残業代
朝早く出勤してゆっくり朝ごはんを食べるのと、補習塾から子供をピックアップするために、退勤時間になってもすぐに上がらず、会社で適当に時間をつぶすなどのケースを除き、従業員が残業したら、会社は法律に基づいて割増で計算した残業代を支払ってあげなくてはなりません。
一方、担当業務の性質により、残業する必要性が頻繁に生じる従業員や営業職の従業員については、毎月集計した実際の残業時間に基づき残業代を支給する代わりに、残業代を計算する手間を省き、仕事の効率を向上してくれることを期待できそうな「みなし残業代(定額残業代)制度」の導入はどうかな、との発想が芽生えたりします。
みなし残業代は基本給と同じように、毎月決まって会社からもえらる賃金なので、残業時間をできるだけ減らし、もしくはゼロ残業で業務をてきぱきこなすことができれば、従業員にとっては、「みなし残業代」はむしろ最高にお得する制度だと言えましょう。
会社にとっても、従業員にとっても、もしかして「両想い」になるというみなし残業代制度は、果たして台湾の労働法においては実施可能な制度であるかどうか、実施可能であればどういった注意点があるかを含め、以下紹介します!
目次
残業代の支払いに関する法的根拠
みなし残業代制度は台湾で実施可能か問題を解くためには、まず残業代の支払いに関する基礎ルールを把握しなければなりません。
手始めに、残業の定義について確認しておきます。
台湾の労働基準法で定められている超過勤務は以下の通りとする。
1日の労働時間が8時間を超えるか、または1週間の総労働時間が40時間を超える労働。ただし、変形労働時間制を導入した場合は、変形労働時間を超える労働
所定休日に労働した時間(いわゆる休日労働)
平たく言えば、変形労働制を導入していない会社であれば、従業員の平日勤務時間が8時間を超え、もしくは一週間の勤務時間が40時間を超えると、会社側に残業代の支払い義務が発生するということです。
次は、少なくともどれぐらい残業代を支払ったら違法にならないかについてのルールをチェックします。
雇用主が労働者の労働時間を延長した場合、延長された労働時間の割増賃金は以下の基準で計算しなければならない。
延長した労働時間が2時間を超えない場合、通常出勤日1時間当たりの賃金額の3分の1以上を加算する
さらに延長した労働時間が2時間を超えない場合、通常出勤日1時間当たりの賃金額の3分の2以上を加算する
法定休日に労働者を労働させた場合、通常出勤日1時間当たりの賃金額の2倍で計算する
雇用主が労働者に所定休日に労働させた場合、延長した労働時間が2時間を超えないものについては、通常出勤日1時間当たりの賃金額の3分の1以上を加算し、労働時間が2時間を超えてさらに労働を継続したものについては、通常出勤日1時間当たりの賃金額の3分の2以上を加算する。
何故1/3、2/3という歯切れの悪い割増率を設定したのかという違和感を棚に上げれば、各種残業の単価はこれではっきりします。
残業の定義及び割増率をクリアした後、残業代を計算するのに必要となる最後のピースは「計算単位」です。
上記法律にあった「1時間当たりの賃金額」や「2時間を超えない」などの表現からしては、残業代は時間単位で計算したらよいと認識されるガチだが、労働当局は以下の法律に基づき、分単位で残業代を計算必要との見解を示しています。
雇用主は、労働者の勤怠表を作成して、5年間保存しなければならない。
前項の勤怠表には、労働者の出勤状況を分単位まで記録しなければならず、労働者が雇用主に勤怠表の副本または写しを請求した場合、雇用主はこれを拒否することはできない。
以上は残業代の計算に関する基礎ルールです。 次は本題に入ります。
みなし残業代制度が合法?非合法?
結論から話すと、一部の裁判例では、みなし残業代制度に違法性を認める見解がなされているが、みなし残業代という制度は台湾の法律において明確に禁じられているわけではなく、それの正当性を認める裁判例も少なくないため、当該制度の導入は必ずしもNGではありません。
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みなし残業代制度の実施は、別に法律に抵触したわけではないものの、実務的には、当該制度を正しく運用できず、法的に無効と認定されるケースが多いイメージです。主な理由は、「毎月従業員に支払う給与のうち、みなし残業代がどれぐらいなのか」という点と、「みなし残業代を支払えば、それ以上残業代を支払う義務はない」と誤解する点です。
みなし残業代を支払っているのに、追加で残業代を支払う義務が生じるわけ?!
みなし残業代制度を導入すると、こまめに従業員毎月の残業時間を集計しなくなる会社が多いようです。しかし、残業代を計算するのに守らなければならない割増ルールが自動的に無効になるわけではありません。
例えば、月給から割り出した時間単価がNT$300元の従業員に対して、毎月NT$5,000元のみなし残業代を支払うとします。もし月間の集計結果で、当該従業員が割増率1/3の残業を合計10時間行った場合、みなし残業代制度を導入していない会社ならNT$4,000元の残業代を支払えば法律上セーフなので、NT$1,000元のおつりが出るみなし残業代は勿論OKです。
もし前述の従業員が1カ月の間に割増率1/3の残業を10時間、割増率2/3の残業を3時間行った場合、法律に基づいて計算した残業代がNT$5,500元であったため、NT$5,000元のみなし残業代だけ受け取った同従業員には、会社に対して足りないNT$500元を請求する権利が発生し、労働当局にばれたら、残業代の支払いが不十分な会社側にもペナルティが生じる形となります(労働基準法第79条)。
上記の説明については、一つ疑問が浮かぶかもしれません。
会社からみなし残業代を受け取る従業員は残業するたびに、予め残業許可を取る必要がなく、残業するかどうか、どれぐらい残業したら上がるかなどの判断も自己責任でやってるから、会社は月間の残業時間を集計しようがない。だから「受け取るべき残業代がみなし残業代を上回る」現象が起きないのでは?
みなし残業代制度の実施は、従業員の自主性を促し、しっかりとした自己管理を行ううえ、残業時間の削減に協力してもらう、のような期待が込められており、それにより、会社は丁寧に毎月の残業時間を記録しないかもしれません。ただし、前述したとおり、会社には勤怠表を作成して、5年間保存する義務があり、みなし残業代を支払っているからと言って、当該義務はそれによってなくなるわけではない点は要注意です。
会社に勤怠表を用意する義務があることが分かった。それじゃ、みなし残業代をもらっている社員の勤怠に、9時出勤、18時退勤という、残業時間が発生しないよう会社が毎日繰り返し出退勤時間を記録し続ければよいだろう!
そうすると、「私文書偽造罪(刑法第210条)」に該当するとして刑事責任を問われる可能性が大きいので、決しておすすめできる対応策ではありません。
だったら、みなし残業代をもらっている従業員に、9時18時の勤怠表を自分で作るように指示すればどうかな?
残業する事実があったのに、それが分からないよう会社が虚偽の勤怠表を作れと指示するのは、法律上そもそもNGであり、かつ従業員も当該NGな指示をいつまでも大人しく守り続けるとも限りません。いざ会社との関係が悪くなったら、従業員が当該NGな指示を無視して実際の出退勤時間に基づいて勤怠表を作成し始めないとも限りません。どう考えても非常に破綻しやすい対応方法です。
なので、実際の支払うべき残業代がみなし残業代を上回ったら、会社が不足分の残業代を追加で従業員に支払わなければならない、という点を覚悟しておけば、みなし残業代制度の導入を検討していただけます。
「みなし残業代の金額が不明確であれば、支払うことにはならない」とはどういうこと?
たまに、みなし残業代付きの月給NT$40,000元、のような条件が盛り込まれる労働契約書を見かけます。このような給与体系は別に違法じゃないので、労働者がそれに同意し契約書にサインすれば成立します。ただ一つ問題があって、当該設定は、基本給とみなし残業代の境界線がはっきりしておらず、みなし残業代を外した基本給の額が最低賃金に届いているかどうかが不明である点です。
上記のバグを発生させないように、台湾の労基法では、従業員に給与明細を提出することを会社に義務付けるルールが定められ(労働基準法第23条)、給与明細さえあれば、NT$40,000元のうち、何処までが基本給で、みなし残業代がどれぐらいの額なのかが一目瞭然になりましょう。給与明細の提出義務を知らず、ただ単に労働契約書にて、「うちの給与にはみなし残業代が入ってるよ」と記載するだけでは、「みなし残業代の金額がはっきりしない」ということで、「みなし残業代込み」という設定は根底からひっくり返されかねません。
また、労働契約書に、月給にはみなし残業代が含まれると書いて、従業員にも毎月、みなし残業代の金額が分かる給与明細も渡しているが、結局給与の内訳を設定するバランス感覚が悪く、残業代追加支払いの義務が生じる可能性を減らす目的で、みなし残業代を高めに設定し、それによって基本給が毎年改定する最低賃金を下回ってしまい、結局NGとなりました。そうならないよう気を付けておきましょう。
通常の残業代よりみなし残業代の税金が高いって本当?
会社にとっては、もし支払うべき通常の残業代とみなし残業代の金額が同額ならば、税金計算をする際に認識する損金が一緒なので、税負担に差がありません。それに対し、実際の残業時間に基づいて計算した残業代を会社から受け取るか、もしくは計算不要なみなし残業代を会社から受け取るかによって、従業員が負担する個人所得税は結構違います。
台湾の所得税法によると、個人が会社から受領する給与手当や賞与などの給与所得は原則として課税されるが、旅費・出張費、日当、及び法律に基づいて計算した残業代は免税だとされます(所得税法第14条)。つまり、月間の残業時間が法定上限を超えない、かつ割増率も完全に法律の定めと一緒なのであれば、従業員の月次残業時間が4時間か40時間かを問わず、会社から受領する残業時間に基づいて計算した残業代がNT$1,000元かNT$10,000元かも関係なく、従業員が受け取る残業代は全額課税されないわけです。
一方、みなし残業代制度を導入した会社は、従業員の実際の残業時間とは関係なく、従業員が全く残業していなくても、毎月決まった額の残業代を支払っており、このような残業代は、性質上その他定額給付の手当と大して変わらないので免税対象外である、との公式見解を台湾の財政部が示しました(台財税第34657号通達)。
みなし残業代制度の導入によって、元々免税所得である残業代が急に課税されるわけなので、超過累進税率の影響を考えると、会社から受け取る給与がそこそこ高い従業員にとっては嫌がれるかもしれません。
今週の学び
以上の説明で、みなし残業代制度は、台湾の法律ではいわゆる禁断の制度に該当しないことが分かりました。とはいうものの、「みなし残業代の金額を給与明細に明記すること」と、「残業の激しい従業員に追加で残業代を支払う義務」などの要注意点に気を付けなければ、法的にNGだと目されるみなし残業代制度となってしまう可能性が大きいです。
残業時間の少ない、パフォーマンスのよい従業員にとっては、みなし残業代制度の導入は喜ばしいことで、モチベーションの向上につながりやすいだが、免税だったはずの残業代がそれによって課税されるため、モチベーションがかえってそがれるリスクも要考慮です。